【講師】 (熊本大学医学部神経精神医学講座 教授) 北村 俊則 氏 きたむら としのり 1972年慶応義塾大学医学部卒業。英国バーミンガム大学精神医学教室、慶應義塾大学医学部精神神経科客員講師、国立精神・神経センター精神保健研究所の社会精神保健部長を経て2000年から現職。熊本県精神保健福祉協会長、熊本県精神保健福祉審議会委員、熊本県障害者施策推進協議会委員などを務める 演題:「妊娠期の心の病気とメンタルヘルス」 |
講演内容を見る |
【講師】 (三重大学保健管理センター 助教授) 岡野 禎治 氏 おかの さだはる 1980年三重大学医学部卒業。同医学部附属病院助手、同講師、ロンドン大学精神医学研究所留学を経て2000年から現職。日本精神神経学会、日本精神衛生学会など産後の精神障害や女性のメンタルヘルスの国際学会に所属。母子精神保健研究会世話人、女性のメンタルヘルスをテーマにした国際誌の編集委員、産後うつ病の国際自助組織(PSI)の日本コーディネーターも務める 演題:「産後の心の病気とメンタルヘルス」 |
講演内容を見る |
肥後医育塾の第十五回公開セミナー「妊娠期と産後のメンタルヘルス」が三月九日、熊本市の熊本日日新聞社で妊婦ら約百人が参加して開かれた。 (財)肥後医育振興会・(財)化学及血清療法研究所・熊本日日新聞社主催。熊本大学医学部・県・熊本市・県医師会後援。
熊本大学医学部神経精神医学講座の北村俊則教授が「妊娠期の心の病気とメンタルヘルス」、三重大学保健管理センターの岡野禎治助教授が「産後の心の病気とメンタルヘルス」と題してそれぞれ講演。続いて北村氏を座長に、岡野氏に九州大学医学部附属病院周産母子センター副看護師長の山下春江氏、琉球大学医学部附属病院周産母子センター助産師の比嘉国江氏が加わって、パネルディスカッションが行われた。
パネリスト
山下 春江氏
(九州大学医学部附属病院周産母子センター 副看護師長)
やました はるえ
九州大学医学部附属病院周産母子センター副看護師長。1988年九州大学医療技術短期大学部看護学科卒業。89年同専攻科助産学特別専攻卒業。同大学医学部附属病院に勤務し、95年から現職。九州大学医療技術短期大学部専攻科助産学特別専攻非常勤講師なども勤める
比嘉 国江氏
(琉球大学医学部附属病院周産母子センター 助産師)
ひが くにえ
琉球大学医学部附属病院周産母子センター助産師。1982年沖縄県立那覇看護学校卒業。北里大学医学部附属病院新生児室に勤務した後、84年聖母助産婦学院助産学科卒業。北里大学医学部附属病院産科病棟勤務を経て、86年から現職
岡野 禎治氏
座長 北村 俊則氏
重要な健康施策の一つ 北村氏
母親の不安受け入れる 山下氏
北村
日本における周産期の母親に対するメンタルヘルスは、最近少しずつ良くなっていますが、まだまだ決して満足できるものではありません。しかし、十、二十年前までは、妊婦や出産した女性に対するメンタルヘルスは、精神医学でも産婦人科でも助産学ですらも、端の領域に置かれ、忘れられた分野でした。
十年ほど前、厚生省(現・厚生労働省)が、これからの日本の健康施策の中で重要なものとしてとらえた分野に研究費を支給することになり、その一つに周産期の女性に対するメンタルヘルス≠ェありました。当初は、産科の専門医ですら、どこから手をつけていいか分からない状態でしたが、勉強を重ねる中で次第に本質が見えてきました。
平成九年には、九州大学医学部婦人科学産科学講座(現同大学大学院医学研究院生殖病態生理学)の中野仁雄教授が班長となって、「産後うつ病」を研究するプロジェクトがスタートしました。協力したのは、埼玉医科大総合医療センター、三重大、岡山大、九州大、琉球大で、各大学の産婦人科の助産師とともに、初めて子どもを産む初産婦を対象にしたメンタルヘルス調査を行いました。本日はその五大学のうち、三つの大学から、研究にかかわった方をパネリストにお迎えしています。まずは、助産師として、最前線で面接調査を行った二人にお話を伺いましょう。
山下
九州大学医学部附属病院周産母子センターで助産師をしています。研究では、面接のノウハウを徹底的に訓練させられました。この経験はいまも生かされ、産後一カ月健診の際、全員に産後うつ病を判断するための質問表をつけてもらい、ケアの必要を感じる母親には、私たちが個人的に話を伺う時間をとり、精神科の診断につなげています。
今年一月から、産婦人科と精神科が合同で「母子メンタルヘルスクリニック」を立ち上げました。母親の不安などを受け入れる体制づくりを始めたのです。
比嘉
琉球大学医学部附属病院周産母子センターで助産師をしています。研究では七十人の初産婦に面接アンケートを行いました。研究終了後もそれを生かし、「助産師外来」を設け、妊娠中、産後のお母さんをフォローしています。
入院中の出産した女性全員に対しても、マタニティーブルーズのアンケート調査を行い、発病の可能性の高い女性には、必ず退院前に面接を行い、育児への不安や家族の協力体制まで目を配ったケアを行っています。また、一週間健診と一カ月健診時には、産後うつ病のアンケートも行い、発病の可能性が高い女性に対しては、産後一カ月を過ぎても継続的にフォローできるように面接や電話相談の窓口を設けています。
北村
正常妊娠と生殖医療による人工妊娠、双子以上の多胎妊娠に対する妊娠期のメンタルヘルスでの配慮を聞かせてください。
比嘉
人工妊娠の場合、妊娠するまでの精神的葛藤(かっとう)がとても強いと思います。不妊治療を受けた人のゴールは妊娠することである場合が多く、その後、あらためて不安が起きることがあるのです。流産を恐れたり、おなかが大きくなるにつれ起きるトラブルに対し、「自分だけではないか…」と過剰に反応し、不安になってしまうこともあります。多胎妊娠では、流産・早産の可能性が高く、未熟児が多かったりするので、「赤ちゃんのために、最低二十八週までがんばりましょう」と、私たちもはっぱをかけます。おのずと、子どもの方に目が向いてしまい、母親に対する励ましやねぎらいを忘れてしまいがちです。しかし、がんばっている母親の努力を認める働きかけをしていくことが大切だと思います。
北村
重い分娩が心に傷をつくり、PTSD(心的外傷後ストレス症候群)に非常に類似した症状が出たという報告もされています。
山下
前回の出産が難産だったことなどがトラウマとなり、現在の妊娠に対して不安を持っている人もいます。しかし、お産は毎回毎回違います。私どもは、前回のお産の状況をゆっくり、きっちり話してもらうようにし、その上で産婦人科医も加わって、フォローする体制をとるようにしています。
困ったら精神科受診も 岡野氏
励ましやねぎらい大切 比嘉氏
北村
参加者の方から、何かご質問がありますか。
参加者
産婦人科に勤務している助産師です。切迫流産の危険があるため、入院された妊婦さんがいまも心に引っかかっています。彼女は十代で、大人にならぬままに妊娠されたように見受けられ、精神的にも非常に不安定でした。それが本人の性格なのか、妊娠期の心の病気なのか、私どもはメンタルヘルスの専門的訓練を受けていないため、判断に迷いました。産後は一週間足らずで退院され、その後のことが気になっても他の医療機関との連携が取れておらず、分からないままです。
私たちに適切なメンタルヘルスのアドバイスができれば、母親の人生がうまくいくのではないかという思いと、助産師の立場でそこまで踏み込んでもいいのかという迷いがあります。
山下
私どもでは、このような場合、「精神科」「精神科医」という言葉は使わず、「周産期を専門にしている先生がおられますので、相談なさっては」とお勧めしています。そうすると、ほとんど断られることはありません。
比嘉
精神科の受診では、どうやって本人の了解を得るかというのが、難しいところです。私のところでは、まず、助産師が母親としての育児技術ができているかを判断し、加えて、家族の考え方を把握し、家族の了解まで得るようにしています。診察の前に、精神科医に普段の行動や言動を記録したカルテを見せ、診断してもらい、担当医から精神科の受診を勧めてもらうこともあります。
北村
岡野先生は三重大学医学部附属病院の産婦人科で精神科の外来を設けておられます。日本ではいまのところ、ほとんどない先進的な取り組みですね。
岡野
産前教育については、一九八八年から携わっています。最初は私も戸惑ったのですが、だんだん周囲も慣れ、いまでは「こまったら精神科医に相談してください」と軽く言えるようになりました。精神科での診察をためらうことはないと思います。ご家族が戸惑うケースもありますが、診察を受けてみて、何も問題がなければそれに越したことはないでしょう。
北村
精神症状は自然発生的に起こるものではなく、ある特定の性格を持った人に、ある特定のストレスが加わることで生じます。
精神科医療における面接は、診断するための情報収集と、心理的サポートを行う治療的介入の目的を持っています。情報を集めることで、患者さんの気持ちの問題点を明らかにし、それを再考することで、治療につなげるのです。
助産師や保健師が妊婦や出産した女性とかかわるのは、五十〜六十週という短い期間です。しかし、一人の女性のライフサイクル上では大変、重要な時期です。周囲の人が見て、心の病気ではないかと疑われたら、まずは本人に精神科の診察を勧められてはいかがでしょうか。