【講師】 |
『「産後の心の病気とメンタルヘルス」』
一人で悩まずに指導や助言活用
胎児期から新生児期にかけての連続した時期を周産期といいます。特に産後うつ病など産後の精神疾患は発病しやすく、古くは紀元前四世紀、古代ギリシャの医学の祖・ヒポクラテスの記録にも見られます。
3つのパターン
産後の心の病気は大きく?マタニティーブルーズ?産後うつ病?産褥(じょく)精神病の三つに分けられます。
?マタニティーブルーズは、何となく涙もろくなったり、気分が沈んだりする軽い一過性の情動障害で、周産期の女性の二〇?三〇%に見られます。長くても一週間を過ぎれば、自然に消えてしまいますが、各種の統計や調査から、ブルーズを経験した女性は産後うつ病にもなりやすいことが分かっています。
?産後うつ病は、抑うつ気分や食欲減退、不眠など多彩な症状が出て重症になりやすい傾向があります。約一〇%の出産した女性が発病し、精神症状の代わりに、頭痛、だるさなどの身体症状に現れることがあります。いわゆる産後の肥立ちが悪いということです。通常三カ月?半年ほどで軽快します。また、次回分娩時に再発するリスクが高く、過去にうつ病を発病した人で二五%、産後うつ病になった人では五〇%が再発するといわれています。
?産褥精神病は非常にまれな病気で五百?千回の出産に一回の割合で発病します。分娩後二週間以内に急激に発病し、幻覚や妄想といった錯乱性の精神病症状が出てきます。産後の心の病気の中では最も重症で、入院治療が必要ですが、産後に初めて発病した女性では精神分裂病と診断される割合はほとんどありません。
見逃がされがちな産後うつ病
私は一九九九年から二〇〇〇年三月まで国立療養所三重病院の小児科病棟の一角を使い、産後うつ病のケアを目的に、母親と子どもを一緒に入院させる「精神科母子ユニット」を開設。英国では約五十年前から取り組まれていますが、日本では初の試みでした。
現在、日本の地域ヘルス・ケアでは母子保健と精神保健がうまくリンクしていません。そのはざかいで母親がどうしていいか分からず、産後うつ病が見逃されやすい状況に陥っています。理由は、出産は女性の生涯の中で、一般的に晴れがましいことであり、出産した女性が周囲に心の病気を打ち明けにくいことや、本人が病気と自覚しにくいことなどが挙げられます。また、家族の無理解や、現行の母子保健福祉体制では、産後うつ病に対する相談体制が整っていないことも一つの要因です。
「母子ユニット」は、産後うつ病にかかった母親が治療を受けながら、きちんと育児することを目的にしたもので、母親は可能な限り、子どもの世話をします。
サポートのない核家族や、家事・育児の負担がかかる産褥期の母親たちにとって、治療に専念できる絶好の場所と好評でした。子どもについても、合同保育などを通じて他の子とのスムーズな触れ合いといった効果が見られました。
家庭や母子関係にも影響
産後の心の病気は、母親の社会的不適応や結婚生活の崩壊などの問題も生みます。母子関係にも悪影響を及ぼし、子どもへの愛情が芽生えず、敵意や拒絶、さらに最近では虐待につながることも分かってきています。
三重大学附属病院母性棟の産前教育においては、母親に?子どもの誕生後は休息と睡眠がとれるようにする?家事や仕事をやり過ぎない?必要なときに援助を受けられるように、家庭内で役割分担を決めるなど協力体制をつくる?既存の精神科関連の相談窓口とサポート機関を紹介する―ことをアドバイスしています。
しかし、最も重要なのは、一人で悩まず、社会的支援を活用することです。母子保健の相談指導や地域の精神保健の専門家の助言などを受けながら、子育て支援システムの利用やインターネット(例http://hac.ab.mie-u.ac.jp/Postnatal/top.asp)を通した情報収集も有用でしょう。