肥後医育塾公開セミナー

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平成13年度 第3回公開セミナー「妊娠期と産後のメンタルヘルス」

【講師】
(熊本大学医学部神経精神医学講座 教授)
北村 俊則

きたむら としのり

 1972年慶応義塾大学医学部卒業。英国バーミンガム大学精神医学教室、慶應義塾大学医学部精神神経科客員講師、国立精神・神経センター精神保健研究所の社会精神保健部長を経て2000年から現職。熊本県精神保健福祉協会長、熊本県精神保健福祉審議会委員、熊本県障害者施策推進協議会委員などを務める

『「妊娠期の心の病気とメンタルヘルス」』
夫の心理的サポートが大切


   ストレスとは私たちが見ることも量ることもできないものです。外から何らかのストレッサー(ストレスの要因)がかかって、身体の中にひずみが生じ、ストレス反応が出てきます。その症状を見ると、心の問題が見えてきます。

女性に多いうつ病

 妊娠期間中や産後の女性に多く出るのはうつ病です。精神疾患の有病率を見たところ、男女ともうつ病が他の精神疾患と比べ、ずば抜けて患者数が多いことが分かっています。また、他の精神疾患に男女差があまり見られないのに対し、うつ病は圧倒的に女性が多く、男性の二倍以上にも上っています。
 うつ病は心理的・社会的ストレスがいくつも絡み合って発生します。こうしたストレスの中で、かなり高頻度に女性が経験するものが?妊娠?であり、それに伴う分娩(ぶんべん)や子育てです。

妊娠への態度と信頼関係

 うつ病はストレスだけで起こるものではありません。妊娠期間中の一五%の女性がうつ病を発症するという調査結果があります。では、残りの発症しない八五%の妊婦との差は何なのでしょうか。
 妊娠中の女性を取り巻く環境を調べたところ、?妊娠に対する夫の態度(肯定的か否定的か)?夫への信頼性(自分の喜怒哀楽を分かち合えるか、困った時に相談に乗ってくれたり助けてくれるかなど)が、うつ病の発病に深くかかわっていることが分かりました。
 各ケースに分けて分析した結果、?夫が妊娠を喜び、信頼で結ばれた夫婦の場合、うつ病の発病は非常に低くなっています。?夫が妊娠に否定的でも信頼関係がある夫婦では、発病率が少し上がりますが?とほとんど変わりません。?信頼関係を築けていない夫婦でも、夫が妊娠を喜んでくれた場合、発病率は低くなっています。最悪の結果となったのは、?夫が妊娠を喜ばず、信頼関係も築けていない夫婦で、六〇%を超える女性がうつ病になっています。
 「夫への信頼感が持てない」などの?慢性的ストレス?に、妊娠という?急性ストレス?が加わると、女性はうつ病になりやすいのです。しかし、「夫が妊娠に肯定的」などの心理的サポートを与えることで、うつ病の発病率はかなり抑えることができます。

自己指向性の低さ影響

 夫による心理的サポートがあっても、何%かの妊婦はうつ病になります。その背景には本人のパーソナリティーの問題があります。これは親から遺伝で受け継いだ先天的な気質と、その人が経験を重ねることで後天的に形成される性格によってつくられます。
 研究の結果、うつ病を起こしやすい女性のパーソナリティーは、自己指向性(自己の価値観を築き、自分の行動に対して責任を持つことができること)が低い人だということが分かってきました。つまり、自己の価値観をつくることができず、成熟した人間関係を築けない女性です。
 これらの性格を形づくったものとして、十五歳以前の児童期に受けた養育環境を調べたある調査があります。親から愛情ある接し方をされたか、冷たくあしらわれたか、また、子ども扱いされ過剰な干渉を受けたか、それとも子どもの自律・自己判断を尊重されたかという項目で調査した結果、愛情が注がれず、過剰な干渉を受けた女性は自己指向性が低く、妊娠期にうつ病になりやすいことが分かりました。
 妊娠期の女性のうつ病は、夫とどのような関係を築いてきたか、夫からの心理的サポートがあったかどうかが発病のポイントになります。それに加え、妊婦本人の性格や児童期に親から受けた養育体験も大きく影響しているのです。