肥後医育塾公開セミナー

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令和7年度 第1回公開セミナー「進化する診断テクノロジーの世界」

【講師】
熊本大学生命科学研究部法医学講座教授
佐野 利恵

『【講演4】法医学がひらく未来』
仕事通し生の意義#ュ信


  AI時代の今、法医学が最新の技術を生かして社会にどう情報を還元できるかについてお話しします。「なぜ亡くなったのか」を調べることが、「私たちがどう生きるか、どう生きていきたいか」につながることを、皆さんと共有できたらと考えております。
 法医学に携わる私たちがやっているのは、主に死体検案・解剖です。どうして亡くなったかを正しく調べ、その中で病気やけがなどの診断をするということです。私が考える死因究明のミッションというのは大きく二つあります。一つは死因の決定です。病気で亡くなったのか、けがか中毒か交通事故なのかということです。二つ目は死因の種類の決定です。アクシデントが起きたのか、自らの意思でなされたのか、それとも誰かの介在があったのか。これは司法捜査の問題になってきますし、ご本人そしてご家族の尊厳に大きく関わることです。絶対に明らかにしなければという気持ちで臨んでいます。
 次に死後画像検査の活用です。ここ10年から15年の間、亡くなられた方を対象に、主にCT装置を使った画像検査が広く行われてきました。熊本でも比較的多くの方がこの検査をなされていると理解しています。この検査を用いると、ご遺体を傷つけずに事実に近づくことができます。
 最近の技術としては「拡張現実(AR)」があります。交通事故で亡くなった方のけがの場所や衝突した車のタイプなどから、事故の瞬間を立体的に再現できます。
 次は遺伝学的な身元の特定法についてです。これはDNAという遺伝暗号を調べるということになります。遺伝暗号はA、T、C、Gの4文字しかありません。この4文字の並びが延々と続いて、合計約32億文字の遺伝情報で私たちの体が作られています。
 人によって遺伝暗号の中の文字列の繰り返し部分の回数に差があるということが分かっています。この遺伝暗号が集まって棒状になっているのが染色体です。この染色体のいろいろな箇所を調べて、全ての場所で繰り返し回数のパターンが完全に一致するのは本人しかありえない。今の身元特定の方法は、こうして行われています。
 死因究明から得られた知見は、皆さまにお返ししないといけないと思っています。特に医療や教育などの現場で起こった事故などの事例は、同じことを二度と繰り返さないために検証や啓発が必要です。「なぜ亡くなったか」を調べるだけでなく、「これからの私たちがどう生きるか」につなげるための知見を集めていくこと。それが法医学の役目ではないかと思っています。