【講師】 |
『環境汚染と花粉症 問われる文明のあり方』
私の研究は、主として自動車の排気ガスとアレルギー性鼻炎などを総称していう「花粉症」との関係がテーマです。その排気ガスの中でも最もウエートの高いディーゼル内燃機関排気ガス、つまりバスなどが後ろから出す黒煙ですが、それがどう花粉症と結びついているかです。
ところで、私たち人間の体には免疫機能というものがあります。これはいわば防衛軍のようなものです。外から体内に入ってくる異物を認識して体をうまく守る仕組みです。外からの異物が抗原、そのときできるのが抗体です。
しかし、免疫機能も過剰に反応してしまいますと、体に障害を与えることがあります。この現象がアレルギーです。花粉症特有のくしゃみ、鼻水、鼻づまりも抗原を外へ追い出そうとする体の反応なのです。
花粉症の抗原はスギやヒノキの花粉の成分と考えられ、それに対して特異的な抗体がつくられて発症するとされています。確かに大きな素因ではありますが、それがすべてというわけではありません。
そこでよく聞かれることがあります。「昔からスギは周りに植わっていたし、神社などにはたくさんあった。それなのに近年になって花粉症が増えたのはどういうわけですか」。
スギについては戦後復興のために人工造林が拡大され、それが生育したものの林業振のために放置され、大量の花粉が飛散されるままになってしまっているという現状があります。また、マンションなどの気密性の高い部屋でのハウスダスト、現代人に起こりやす いストレスなどの心労、あるいは遺伝的なもの、また最近注目されている寄生虫との関連性なども挙げられます。
このように、花粉症の素因子が重なり合っているというべきです。そして、私が研究テーマとしているディーゼル内燃機関の排気ガスもその一つです。
●原因を探る
花粉症の治療で、まず最初にすべきことは特異的な抗体を引き起こす抗原は何かを見つけ出すことです。スギやヒノキの花粉だけとは限りません。イネ科の雑草、キク科のブタクサなどの花粉であるかもしれません。それら特定の抗原に対してはIgE抗体という物質ができます。それを調べることで花粉症の原因を探ることができます。
自動車の排ガスと花粉症については試験管の中やマウスなどいろいろな実験を行いながらIgEの量を測定しました。実際に私もその一人となって人間の鼻に吸い込ませてみることもしました。その結果、明らかに量の増大を確認することができました。
さらに、花粉抗原のエキスと排ガスの混合物をマウスに注入したところ、なんとIgE抗体が十六倍もできていることが分かりました。自動車の排ガスが花粉症の素因の一つであり、少なくともその強い引き金になっていることは間違いないことです。外部の環境汚染はここでも私たちの健康に大きな影響を及ぼしているのです。
環境汚染は何も排ガスだけではありません。現在、 私たちの体に害を与える化学物質は十万種もあるといわれます。しかし一方で、その化学物質によっていまの便利で豊かなモノに囲まれた社会が築かれたことも事実です。
花粉症をはじめとするアレルギー病は現代社会そのものが抱えている問題だと思います。私たちはアレルギーを引き起こす非常に過敏な状態を招きやすい物質に囲まれて生活しているのです。その意味で花粉症はまさしく現代病であり、文明というもののあり方が問われているといえます。