肥後医育塾公開セミナー

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令和4年度 第1回公開セミナー「高齢者の『がん』治療」

【講師】
熊本大学大学院 生命科学研究部
消化器外科学講座 准教授
宮本 裕士

『【講演@】高齢社会における消化器がん治療』
体への負担少ない手術普及 「予備力」知り、治療選択を


  日本は世界一の高齢社会となり、医学界では75歳以上を高齢者と呼ぶことが提唱されています。全てのがん患者における75歳以上の割合は45.2%で、中でも消化器がんは49.9%に上ります。30年前が約30%だったため、非常に増えました。消化器のがんの代表的なものは、食道、胃、肝臓、胆道、膵臓、大腸などのがんです。
 高齢のがん患者さんに共通しているものに、体の各機能の衰えが挙げられます。具体的には、認知機能や心肺機能、肝腎機能、嚥下機能、消化管機能、骨格筋などの衰えです。
 高齢のがん患者さんの状態は大きく次の3つに分類できます。一つ目は「フィット」と呼ばれ、元気で非高齢者と同じ治療を受けられる状態。二つ目が「バルネラブル」と呼ばれ、元気な非高齢者と同じ治療を受けることはできないものの、何らかの治療を受けられる状態。三つ目が「フレイル」と呼ばれ、積極的な治療はできないと思われる状態です。
 私たち医療者は、フィットかバルネラブルか、バルネラブルかフレイルか、患者さんの状態の評価に悩まされることがあります。患者さんは他に持病を抱えながら治療されている人が多く、大きな手術に耐えられる能力が低下している場合は、合併症を引き起こす可能性があります。
 そこで、高齢患者さんの各機能を多角的に評価するためのツールを使い、残された体の余力「予備力」を把握します。平均余命も考慮に入れながら、術後の暮らしを想定して家族とも十分に相談して、各患者に合った治療方針を選択します。
 外科手術は近年、体への負担が少ない低侵襲手術が進歩し、腹腔鏡手術は広く普及しています。施術に特別なトレーニングが必要ですが、開腹手術と比べ傷が小さくて済む上、痛みも少ない、術後の回復も早いなどのメリットがあります。さらに最近では、腹腔鏡手術を発展させた、手ぶれが少なく人間の手と同等以上の可動域があるロボット支援下手術も盛んに行われるようになりました。
 手術前後の管理の仕方も変わりました。今は術前に食事や水分補給ができ、術中は体への負担が少ない麻酔を行い、点滴の量も可能な限り制限できます。術後は、従来の鼻から胃への胃管挿入がなくなり、点滴も少なくし、早期の食事摂取と早期離床が可能になりました。
 さらに現在は、歯科口腔外科やリハビリ担当者を含め、多くの医療従事者が連携することによって、高齢患者さんにより安全ながん治療を行うことが可能になったのではないでしょうか。