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肥後医育塾公開セミナー

令和2年度 第3回公開セミナー「知っておきたい次世代がん治療」

【講師】
熊本大学病院 病理診断科 特任助教
川上 史

『【講演A】がんゲノム医療と新時代の病理診断』
がん治療の柱として高い期待 医療の発展につながる意義も


  これまでのがん治療では、腫瘍ができる臓器それぞれの特徴に応じた指針をつくり、治療が行われてきました。それは既製服のようなもので、平均的な患者像を想定して画一的に治療を施すものでした。一方で、がん遺伝子検査が行われるようになってからは、それぞれの患者さんのがんが持つ遺伝子の異常に関する情報を治療の糸口にすることができるようになりました。がんの種類により共通した遺伝子の異常、あるいはその患者さん特有の異常、がんの発生や悪化の原因となる異常、これらはいずれもがんの個性で、薬ががんを認識し、闘う目印となり得るからです。
 そうした背景もあり、平均的な標準治療(通常のがん治療)から個別化治療への流れが加速しています。いまや、がんゲノム医療は手術、化学療法、放射線療法と並ぶ治療の柱として期待されるようになりました。
 2015年のことですが、当時のオバマ・米大統領が政治指針を示す一般教書演説で「精密医療」に触れました。それは、がん遺伝子の異常のみならず、個々の患者の生活環境や生活習慣、体内微生物など多様な情報を集めてデータベース化することを第一の目標とするという国策です。その先にはビッグデータを綿密に解析し、病気が起こる前、あるいは病気が起こった後に、適切で効率的な介入を行っていく狙いがありました。
 個別化医療は精密医療への過渡期に当たるといえます。遺伝子検査で得られた情報の蓄積は、今後の医療の発展につながる大きな意義を持っています。
 さて、私たち病理医は、検査(生検)や治療(手術)のために患者さんから取り出された臓器の一部を顕微鏡で詳しく観察し、その形態から病態を把握することを仕事としています。病理医が患者と直接言葉を交わすことはありませんが、治療方針の決定に当たり主治医の疑問に答えて必要な情報を提供する立場にあります。がん治療では、がんの場所や、種類・広がりを臨床医に伝え、その後の検査や手術後の治療方法の決定に寄与しています。
 病理医はがんゲノム医療においても、形態診断の立場から、新たな医療を支えます。これまで以上に信頼性の高い病理診断を行うことが求められるとともに、がんゲノム検査を成功させるための技術的なサポートや、検査で見つかった遺伝子の異常が、実際の臓器の中でどのように働いているのかをタンパク質レベルで確認するなど、新たな役割を求められています。