肥後医育塾公開セミナー

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令和2年度 第3回公開セミナー「知っておきたい次世代がん治療」

【講師】
熊本大学大学院生命科学研究部 臨床病態解析学講座 教授
松井 啓隆

『【講演@】遺伝子とがん:がん細胞の遺伝子検査でなにがわかるか・なにができるか』
がんの遺伝子異常が明らかに 適切な治療薬の選択にも一役


  がん細胞が持つ遺伝子の異常を指標とした「がんゲノム検査」が2019年に保険診療として受けられるようになりました。熊本大学病院では昨年4月、「がんゲノムセンター」を立ち上げ、遺伝子検査の情報をがん治療に役立てる取り組みを始めました。その内容を紹介する前に、遺伝子=DNA(デオキシリボ核酸)について説明します。
 私たちの体は30兆〜60兆もの細胞で構成されています。細胞内には核があり、その中には顕微鏡でしか見えない、細い糸のような染色体が押し込められ、そこに約2万3000の遺伝子が存在しているとされます。遺伝子は親から子へ遺伝情報を引き継ぐだけでなく、私たちの体内でタンパク質をつくる重要な役割を果たしています。細胞核内のDNAは長さが2bあり、さまざまな影響で傷つき、壊れることがあります。アルコールやニコチンなどの化学物質、B型・C型肝炎などのウイルス、放射線の他、細胞が産生する活性酸素などが影響することが明らかになっており、一日に1細胞当たり1万〜100万カ所が損傷しているといわれます。
 一方で人の体にはDNAの損傷を修復する機能も備わっています。しかし、修復はいつも完全に行われるわけではなく、修復が不完全なために異常なタンパク質をつくってしまうこともあります。遺伝子の損傷が重なっていくことで、次第に制御が効かない細胞が増殖し、最終的にがんや悪性腫瘍と呼ばれるものになってしまいます。
 近年、細胞内の遺伝子配列を読み取る装置の能力が向上し、同時に多くの遺伝子に対して、どんな異常があるのかを調べることが可能になりました。この検査を遺伝子解析や遺伝子検査と呼びます。現在では遺伝子解析で得られた情報を利用して、がん遺伝子の異常な作用に働く「分子標的治療薬」が開発されるようにもなりました。
 がんゲノム医療では、従来のような、胃がん用に開発された薬、腎臓がん用に開発された薬といった、臓器に応じた抗がん剤を使う治療ではなく、がん細胞の遺伝子を調べ、その情報を基にして薬を選べるようになりました。ただ現状では、がんゲノム検査を経て治療薬の推奨が得られる割合は1割程度に過ぎません。現在の検査では約300のがん関連遺伝子を調べますが、その全てに効果が期待できる薬がひも付けされているわけではないからです。
 がんゲノム医療はまだ始まって間もない医療ですが、分子標的治療薬の増加とともに、発展していくことが期待されます。