肥後医育塾公開セミナー

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平成9年度 第3回公開セミナー「高齢者痴ほうとそのケア」

【講師】
熊本大医学部神経内科
内野誠教授

『痴呆の全体像を聞く』
病状進行の抑制も可能


   超高齢社会への突入を目前に控え、痴呆(ほう)はだれにとっても身近な問題になりつつある。しかし、痴呆ほどその実態を正確に知っている人は少ないのではないか。「なぜ痴呆になるのか」「痴呆は治るのか」「予防できるのか」。さまざまな原因で起きる痴呆を総合的に診断・治療している熊本大医学部神経内科の内野誠教授に、痴呆の全体像を聞いた。
    ◇     ◇
 「痴呆には治る痴呆と、治らない痴呆があります」。痴呆といえば、アルツハイマーか脳血管障害のどちらかに分けられがちだが、内野教授は「治る」「治らない」の二グループに痴呆を分ける。
 「治らない痴呆」の代表例は、脳の委縮など脳の変性疾患である「アルツハイマー病」だ。アルツハイマー型老年痴呆を含めると痴呆全体の五割を占める。発生頻度は少ないが、初老期痴呆の一つで性格の変化など人格障害が起きるPick(ピック)病も同じ変性疾患。
 「治らない痴呆」で、アルツハイマー病に次いで多いのが脳血管障害による痴呆だ。ただし、脳血管障害は起きた場所によって「治る」痴呆と「治らない」痴呆に分かれる。治らないのは知能や記憶をつかさどる脳の重要部分で血管障害が起きた場合や、進行した多発性脳梗塞(こうそく)などだ。脳血管障害でも早期のものであれば、それによって起こった痴呆は治療によって治る。感染症ではプリオン病(クロイツフェルト・ヤコブ病)や麻疹(ましん)=はしか=によってまれに起きる亜急性硬化性全脳炎などが、「治らない痴呆」の原因となる。
 「治る痴呆」の原因となる病気はさらに幅広い。大きく分けて(1)頭がい内病変(2)代謝性異常(3)内分泌疾患(4)栄養障害(5)中毒性疾患(5)精神科疾患―などから起こる。頭がい内病変では脳血管障害のほかに、外傷の後遺症として起きる慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症がある。一般的な病気で内分泌疾患の甲状腺(せん)機能低下症は、診断さえきちんとつけば、痴呆の治りは早い。アルコール依存症の患者などにみられるビタミンB1、B12欠乏症などの栄養障害やうつ病による仮性痴呆の症状も注意が必要だ。
 「痴呆と一口に言っても原因となる病気はさまざま。まず、何によって痴呆が起きているのか、診断をきちんと受けることが必要」と内野教授。「治る痴呆」の治療法は原因の病気に対する治療が基本だ。予防も同じ。「例えば高血圧や糖尿病、高脂血症の基礎疾患を持つ人は、脳血管障害にならないよう、頚部(けいぶ)血管のエコー(超音波診断)などで、血管の様子を把握しておく必要がある。特に一過性のしびれなどがある人は診断のうえ、血栓をできにくくする治療薬の予防的投与が必要」という。
 一方、「治らない痴呆」でも患者の日常生活の質を上げることは可能だという。「基本的な脳の変化は止まらないが、十分なケアで患者が精神的に安定すれば、痴呆の進行スピードは抑えられる。夜間のはいかいなど周辺の症状が少なくなることもある」という。
 「治る痴呆」にしろ、「治らない痴呆」にしろ、その進行度はどのように診断するのか。「アルツハイマー型痴呆の場合は、痴呆によって起きる記憶障害、見当識障害、身体症状などが、初期、中期、末期で現れ方が分かれているので、ある程度の問診で痴呆の進行度が分かる」と内野教授。例えば、見当識障害の場合、初期では「時」が分からなくなり、中期ではそれに「場所」が加わり、末期になると家族などの「人」が分からなくなる、という具合だ。
 また簡単な計算や記憶力をみて点数化し、知能の評価をする方法など、知能の進行度を診る方法には複数の改良された方法が用いられている。浜松方式もその一つだ。
 「とにかく、家族の状況がおかしいと感じたら、専門医に相談し、正確な診断をして、痴呆に対する対策を立てることが重要。痴呆と思っても仮性痴呆も含まれるし、若くして発症した場合は特殊な病気が隠れている場合もあるので注意が必要」とアドバイスしている。