肥後医育塾公開セミナー

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平成9年度 第3回公開セミナー「高齢者痴ほうとそのケア」

【講師】
(浜松医療センター副院長)
金子満雄

『「ボケない生き方革命」』
感動や生きがいが最大の予防


   全国的に高齢化が進み、老人性痴呆(ほう)対策が切実な問題になっています。そこで、私は全国的な調査を手がけ痴呆の実態を探ってみました。
 この結果、六十五歳以上の高齢者の二五―三〇%に何らかの痴呆が起こっていることが確認されました。しかも、高齢になるほど、その割合は増加します。六十歳代で約一二%、七十歳代では三〇%になり、八十歳代では五二%と半数を超えます。さらに、九十歳代では七五%、百歳を超えると、実に九七%に達していました。
 内訳をみると、軽度、中度、重度の比率はほぼ二・二・一です。従来、痴呆と呼ばれてきたものは私の言う重度痴呆に当たりますが、重度痴呆の約四倍の割合で、軽中度の痴呆群が存在することになります。
 過去十五年間に、センターで一万八千例以上の痴呆の外来患者を丁寧に分析、観察した結果、明らかになったことがあります。
 脳血管系統の精密検査などで診断すると、血管性痴呆は約五%にしか見つからず、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫(けっしゅ)、脳腫瘍(しゅよう)などの二次性痴呆を加えても、脳外科的な痴呆はせいぜい一〇%以下と思われます。また、遺伝性起源を示唆する狭義のアルツハイマー病は二%程度でした。
 したがって私は痴呆症例の九〇%から九三%を、「老化・廃用型痴呆」とみています。つまり、これは生活習慣病に属するもので、私は「グータラボケ」と呼んでいます。
 若いころから仕事一辺倒で、生きがいや趣味もなく、友人も少ない。こんな人が最もぼけやすいのです。子供のころから右脳の感性教育がうまくなされず、成人してからも、心貧しい生活スタイルを続けてきたのではないでしょうか。特に大事なのは、四―七歳のころ、その人の家族がどうかかわってきたかです。子守歌を歌い、おとぎ話を聞かせ、かるたやトランプを一緒にやったかどうか、庭に花を植えて、花が咲いた時の感動を一緒に味わったでしょうか―。心豊かな幼年期を過ごした人は、心豊かな老後につながり、ぼけることもないんです。「三つ子の魂、百まで」とはよく言ったものです。
 そこで、地域単位の脳健診を実施して、早期で軽症の痴呆患者さんたちの発見に努めました、そして、「老化・廃用型痴呆」に対しては、生活態度を変えさせる生活指導、つまり脳活性訓練(脳リハビリ)を地域単位で実施してきました。
 脳活性訓練は何も、難しいことではありません。音楽や絵画に親しみ、ゲームやスポーツを楽しみ、体操で汗を流す。異性と交遊を持つのも大事です。囲碁や将棋、マージャンも脳の活性化には効果があります。
 その結果、重度まで進んでいなければ、地域ぐるみで痴呆を回復させ、その効果を長期間、持続させることが可能であることを実証しました。
 この試みは、全国各地で実施されるようになりました。熊本県内でも、日赤熊本健康管理センターを中心に始まっています。二年半前にはモデル的に阿蘇郡蘇陽町や下益城郡清和村で取り組みました。
 また、軽度、中度痴呆の患者を老人保健施設などで、痴呆を改善させるための脳リハビリの試みを繰り返す三カ月の合宿訓練も効果的でした。中度痴呆の二百人に実施したところ、改善された人が百二十人、悪化しなかった人は七十人という結果も得られました。
 老人性痴呆の大部分は、遺伝的なものではなく、その人の生きざま、生活環境因子に関係して起こったものです。従って、ぼけにならないための予防はできるし、もしぼけが起こっても、それを進ませないための予防も可能です。「感動のない人生を送っていないか」「趣味や生きがいは持っているか」。ぼけの予防には、生活を見つめ直すことが大切です。