肥後医育塾公開セミナー

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平成19年度 第1回公開セミナー「病気と免疫」

【講師】
熊本大学エイズ学研究センター病態制御学分野教授
松下 修三

『『人類はエイズを克服できるか?』』
さらに増加する感染者 新薬・ワクチンが不可欠


   世界の多くの国々で、エイズは深刻な健康問題になって久しいですが、病気はさらに広がっています。エイズを克服するのは人類の一つの試練だと思います。

 エイズは、さまざまな病原体に対して、免疫の抵抗力の主になるCD4陽性細胞(ヘルパーT細胞)にHIV(ヒト免疫不全ウイルス)が感染することで起こります。ウイルスの感染経路には、性感染症、血液感染、母子感染などがあります。

 CD4陽性細胞は、正常の人だと体内に五百―千個ほどありますが、HIVが増殖すると、その数は減っていきます。CD4陽性細胞数が大幅に減少すると免疫が低下して、普段は病気を起こさないような、ごくありふれた微生物に対しても抵抗力を失い、口腔(こうくう)内カンジダ症やカリニ肺炎などの日和見(ひよりみ)感染が出てきます。このような症状が出るまでには数年間、まったく症状のない時期があり、この間に感染が広がります。これがエイズという病気の特徴の一つです。

 エイズはこれまで、感染すると数年後には確実に死に至る病気でしたが、研究が積み重ねられ、一九九〇年代後半には、プロテアーゼ阻害剤をはじめ、HIVの増殖を食い止める抗ウイルス薬が次々と開発されました。これらを組み合わせて用いる多剤併用療法の効果が明らかになり、今や「エイズは治療可能な慢性疾患になった」といわれています。

 しかし、多剤併用療法で感染症が治るわけではありません。エイズの発症は食い止められても、HIVを排除する方法はいまだないのです。そのため、エイズに感染した患者は発症しないよう、抗ウイルス薬を服用し続ける必要があります。薬剤の長期服用に伴う長期毒性と、薬剤の効果が徐々に薄れる薬剤耐性が懸念されています。

 エイズは今日、ある程度コントロールできる病気になりましたが、問題は何も解決されていません。むしろ患者数は年々増えており、アフリカのサハラ砂漠以南では拡大を阻止できない可能性もあるといわれています。東アジアには約七十五万人の感染者がいます。わが国でも二〇〇五年に感染者数が一万人を超えました。厚労省の報告では、昨年、国内で千三百四件の新規感染者が認められたそうです。

 「エイズは予防可能な病気」といわれてきました。これは、感染経路が分かっているためです。これまでも、性感染症のリスクに関する予防教育の重要性が叫ばれてきましたが、このことが十分な効果を示していないという悲観的な見方があるのも事実です。エイズ感染を予防するワクチンの開発は困難を極めていますが、エイズを克服するためには、感染阻止ワクチンや新薬の研究・開発が不可欠です。