肥後医育塾公開セミナー

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平成19年度 第1回公開セミナー「病気と免疫」

【講師】
熊本大学大学院医学薬学研究部免疫識別学分野教授
西村 泰治

『『からだを守る免疫のしくみ』』
生命維持に必要な役割 過剰反応で裏目の作用


   私たちの体は、常にウイルスや細菌などの微生物による感染の危険にさらされています。しかし、「免疫のしくみ」があるおかげで生き延びることができます。人の皮膚や呼吸器、消化器などの表面を覆う粘膜は常に外界に接しているため、微生物にも触れていますが、粘膜のすぐ下には、侵入してきた細菌などの異物を消化する細胞がいます。消化された異物の残骸(ざんがい)はその後、細胞の表面に出てきて「ヘルパーT細胞」という細胞によって認識され、異物と闘う準備が整います。

 一方、体内には「B細胞」という免疫細胞が存在します。B細胞の表面には、異物にくっついて有害な作用を消滅させ排除を促す、抗体という物質があります。ヘルパーT細胞はB細胞に働き掛け、この抗体を分泌するよう仕向けます。分泌された抗体は血液やリンパ液などの体液に溶け込み、全身にまんべんなく循環して、異物を見つけては結合し、取り除いていきます。

 ウイルスが体内に侵入した時点で、体液中に、ウイルスに結合して排除できるだけの抗体があれば、ウイルスは速やかに排除され、私たちは病気にならずに済むのです。しかし、ウイルスは細胞の外だけでなく、中にも入ってきます。そこで自分の子孫を増やし、その子孫は細胞の外へ出て行き、次の細胞に感染します。つまり、ウイルスに感染した細胞をすべて排除しない限り、すべてのウイルスを根絶することはできません。抗体は、ウイルスが細胞の外の体液中にある場合は排除できますが、細胞内に入り込んでしまうと無力になります。抗体が細胞の膜によって門前払いされ、細胞内に入り込めないためです。このようなウイルスに感染した細胞を見つけて殺す“必殺仕掛人"が「キラーT細胞」です。正常な細胞を傷つけず、ウイルス感染細胞やがん細胞だけを見つけ、殺してしまう性質を持っています。

 「免疫のしくみ」は病原性を持つ微生物から人体を守る重要な役割を担っていますが、これを破壊してしまうのがエイズウイルスです。ヘルパーT細胞に感染し、殺してしまいます。ヘルパーT細胞を失ったエイズ患者は無防備になり、身の回りのごくありふれた微生物への感染により命を失います。

 また花粉やダニに対し、IgEという抗体が過剰に分泌されると、花粉症や鼻アレルギー、喘息(ぜんそく)、アトピー性皮膚炎などを発症することがあります。IgEは本来、人々の体をダニや寄生虫から守る役割を持っていますが、公衆衛生が発達した現代、アレルギーを誘導する裏目の作用が前面に出てしまっていることになります。免疫学者は「免疫のしくみ」の優れた面を引き出し、裏目の作用を回避する方法を見つけ出そうと努力しています。