肥後医育塾公開セミナー

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平成18年度 第1回公開セミナー「医学的見地からみた水俣病」

【講師】
鳥取大学医学部 脳研脳神経病理部門教授
大浜 栄作

『「水俣病?病理学的見地から」』
脳の特定部に病変 病理解剖例で観察


   私は、水俣病の患者さんの神経系にどのような病理変化(病変)が起きているのか、という点について主に新潟の病理解剖例の経験をもとにお話します。

 私たち人間の神経系は、大きく中枢神経系と末梢神経系に分けられます。中枢神経系は大脳、脳幹〈中脳、橋、延髄(えんずい)〉、小脳、脊(せき)髄に区分され、末梢から送られてきた情報を処理・統合し、発信する部所です。末梢神経系には、脳から出る脳神経と脊髄から出る脊髄神経があり、末梢の情報を中枢へ伝え、中枢で統合された情報を末梢へ伝える働きをしています。機能的には感覚性、運動性、自律神経性の三種の神経線維が含まれています。

 水俣病の患者さんの脳には、神経細胞の死滅(神経細胞死)とそれに伴って起きる二次的な細胞反応から成る病変が見られますが、この病変そのものはほかの多くの脳疾患で見られる病変と変わりありません。水俣病の特徴は、こうした病変が脳の特定の部位に起きることです。すなわち大脳では、視覚野(目から入ってくる視覚情報の中枢)、運動野(手足や顔面などの筋肉を動かす運動の中枢)、感覚野(触覚、痛覚、温冷覚などの感覚の中枢)、聴覚野(耳から入ってくる聴覚情報の中枢)に起こり、小脳では五種類ある神経細胞のうち、顆粒(かりゅう)細胞と呼ばれる小型の神経細胞が強く障害されます。さらに、これら五部位の中でも、特に視覚野と小脳の病変の程度がより強いことも病理解剖例に共通する特徴です。

 これらの中枢神経系五部位の病変と同時に、水俣病では末梢神経系も常に障害されます。末梢神経では、感覚性神経が運動性神経や自律神経より強く障害されることが特徴です。しかし、同様の末梢神経病変をきたす病気はほかにも多数ありますので、末梢神経病変のみで水俣病と病理診断することはできません。

 このように、水俣病の脳および末梢神経病変の性状は特異的なものではありません。しかし、病変の分布、すなわち、大脳の視覚野、運動野、感覚野、視覚野と小脳皮質、それに感覚性末梢神経に常に病変が見られることは極めて特徴的です。水俣病以外でこのような病変分布を示す脳神経疾患はありません。この病変分布の特異性によって、私たちは水俣病と病理診断することができるのです。水俣病の患者さんが示す多彩な脳神経症状もこのような病変分布と見事に対応しています。

 今年は水俣病が発見されて五十年目に当たります。この間に亡くなられた多くの患者さんの病理解剖によって、水俣病の病理形態学的な側面は、ほぼ確立されたといえます。しかし、最も重要な問題であるメチル水銀が神経細胞死を引き起こすメカニズムについては、なお未解決であり、今後の重要な課題です。