肥後医育塾公開セミナー

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平成18年度 第1回公開セミナー「医学的見地からみた水俣病」

【講師】
九州看護福祉大学学長
二塚 信

『「メチル水銀汚染地域の疫学調査」』
濃厚汚染地域のその後 住民の健康像明らかに


   一九八四年から二〇〇四年までの二十年間、メチル水銀汚染地域の疫学調査を芦北郡津奈木町で実施しました。濃厚汚染期から数十年が経過し、汚染地域の高齢化と生活環境の変化を念頭に置き、住民の健康像を明らかにする調査です。対象者は津奈木町在住の四十歳以上の全住民。九五年現在の人数は五千八百人、うち水俣病認定患者は三百三十人でした。

 津奈木町の選定理由は、?汚染状況が六〇年の毛髪調査で明らか?四十歳以上の人口移動が近隣市町より比較的少ない?漁村形態が保たれている?対人口比の水俣病患者数が最も多い?認定患者の92%が漁村地域に居住し、山間地域住民と比較可能?町の協力体制―などです。

 年一回の健康調査を追跡形式で実施し、この地域に多く見られる愁訴(苦痛の訴え)、生活習慣病を含む一般疾病のり患、エイジング(加齢に伴う衰退)、ADL(日常生活動作)、精神的ストレスなどの状況を解析しました。ここでは有病状況と神経症状の特徴を説明します。

 まず認定患者の死亡診断書から死因別のSMR(標準化死亡比)を計算しました。比較したのは汚染リスクが小さい有明海側の漁村と球磨郡にかけての山間部です。死亡比自体は認定患者が高かったものの、がんや脳血管疾患では有意性は認められていません。ただ、いずれも男性の肝疾患、女性の腎疾患の割合が高いという結果が出ました。

 そこで実際にこれらの患者や発症者が多いかをみるため、肝疾患のエコー検査、腎疾患のクレアチニン値検査含む精密検査を実施した結果、高濃度の汚染地域に居住していたため肝疾患、腎疾患が多発しているという有意性は観察されませんでした。神経内科の健康診断は二回行い、非発生地域として比較したのは奄美大島のある漁村地域です。調査対象は両地域とも六十歳以上で、受診率は70%以上でした。

 二地域の比較で有意差が認められ、津奈木町の割合が高かったのは上肢の振動感覚障害、女性のみに有意差が認められたのは手袋靴下型感覚障害でした。上肢、下肢、触覚、痛覚の感覚障害の有症率は男女ともに津奈木町が高率でした。

 奄美大島で十年間の経年変化を観察していますが、この間マイナス幅が大きかったのは握力、片足立ち、継ぎ足歩行などの下肢症状、しゃがみ立ちや振動感覚で、エイジングの影響と思われます。一方、触覚や痛覚など感覚障害についてはエイジングの影響は認められませんでした。

 メチル水銀汚染地域では頻度は高くないものの四肢末端の知覚障害が認められ、疫学的にメチル水銀の影響を否定できないと言えるでしょう。今後は発症パターン、随伴症状、鑑別を進め、さらに検証していく必要があると考えています。