肥後医育塾公開セミナー

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平成16年度 第3回公開セミナー「がんの画像診断と治療の最前線」

【講師】
熊本大学大学院医学薬学研究部 放射線治療学分野教授
大屋 夏生

『「がんを切らずに治す?その2 放射線治療について」』
線量分割・集中や薬剤併用で工夫


   放射線というと原爆や原発を思い浮かべる人も多いと思います。それから放射線治療に危険性を感じる人も多いでしょう。ただ原爆や原発事故による被爆は、不特定多数の人が放射線を体全体に浴びてしまいます。それに比べ放射線治療は、精密にコントロールされた放射線を正確に局所的に照射するもので、爆弾や事故から受ける人体への影響はまったく違います。

 それでは放射線をどのくらい浴びると人体に影響するのでしょうか。百―二百ミリシーベルトほど受けると、がんが増える可能性が高くなるといわれ、四千ミリシーベルトほどを全身に浴びると生命の危険が生じます。

 肺がんの治療では、四千ミリシーベルト以上の放射線を局所的に照射します。しかし、治療効果の方が悪影響を上回ります。放射線治療はがん治療の有効な手段の一つです。

 なぜ放射線治療でがんが治るのでしょうか。放射線は目に見えない“光の束"で、体を通り抜けます。その通り抜けるときに細胞にダメージを与えるわけです。がん細胞は正常細胞に混じって存在しています。そこに放射線を当てると、がん細胞と正常な細胞にもダメージを与えます。しかし正常細胞は時間とともに治っていきます。がん細胞は治らずにそのまま死んでしまいます。つまり放射線に対してがん細胞の方が弱いわけで、この性質によりがんの治療ができるわけです。

 実際治療する際、放射線の量を多くしたり、照射の範囲を広げたりして、がん細胞を殺しやすくします。ただ度が過ぎると正常細胞まで傷めることになりかねません。逆に照射の量を弱くしたり、範囲を狭くしたりすると、がん細胞を殺せないかもしれません。つまり効率よくがんを殺して正常細胞を生かせる放射線の量と、照射の範囲があります。それは有効で安全な治療になる、治療の“窓"とも言うべきものです。その治療の“窓"が広がれば、効果的ながん治療が可能になります。治療の“窓"の位置や広さは個人差があって一概に言えません。

 放射線治療は百年以上前から行われています。線量分割、薬剤併用、線量集中といった治療の“窓"を広げる工夫もされています。線量分割は時間を掛けて照射を行う方法、薬剤併用は抗がん剤を併用する方法、線量集中は角度を違えた放射線照射でがん細胞を狙い撃ちする方法です。

 がんの治療は、手術、抗がん剤、放射線によるものが三本柱です。手術は局所的ながんに、放射線は局所的とやや広がったがんに、抗がん剤治療は体全身に転移したがんに適した治療法です。この三つの治療法を組み合わせ、最大の効果と最少の副作用になるように、治療法を選択する治療を集学的治療法と呼んでいます。例えば乳がんなどでは集学的治療法が確立しています。

 放射線治療にも副作用はあります。それは治療から一―二カ月に発生する急性のものと、三カ月以降に出る晩発性のものがあります。急性のものには皮膚や粘膜の炎症があります。晩発性障害は白内障、食道狭窄(きょうさく)、胃潰瘍(かいよう)、色素沈着など、照射部位によりさまざまです。急性の副作用は時間がたてばひとりでに治るのですが、症状が重いと処置が必要になります。重症な晩発性の副作用は百人に一人ほどの割合でしか起こりませんが、治りにくいので注意が必要です。これらの副作用を極力減らすよう努力を重ねていますが、根治的治療を目指す限り、ゼロにはできません。

 放射線治療に限らず、病気の治療は効果と副作用のバランスが重要です。副作用より治療効果が大きければ、その治療は行われますし、逆だと見合わせることになります。治療の際は各診療科の主治医とよくご相談いただきたいと思います。