肥後医育塾公開セミナー

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平成16年度 第2回公開セミナー「がんの予防とくすりによる治療の最前線」

【講師】
熊本地域医療センター呼吸器科部長
千葉 博

『「肺がんの診断と治療の現状」』
年々増加する死亡率 症状の出にくさ特徴


   病気の治療は証拠に基づく診療(EBM)が基本です。がんの治療もそうで、標準的治療に基づき治療されます。肺がんなど症例の多いがんは標準的治療が確立されており、それからはずれた治療をすることはありません。また標準的治療を確立するための臨床試験に基づく治療も大切です。

 臓器別にがんの死亡率の推移を見ますと、三十年前は男性では圧倒的に胃がんが多かったのですが、年を追うごとに減少し、その代わり肺がんが増加、現在は逆転しています。女性でも同じような傾向が見られます。現在、わが国では一年間に約七万人が肺がんにかかっています。日本人男性は八十四歳までに10%の人が肺がんになるというデータもあります。

 肺がんになる要因としては、喫煙が一番で、たばこを吸い始める年齢が低いほど肺がんにかかる割合が高くなります。このほか呼吸器系の疾患があると高くなるといわれています。

 緑黄色野菜が肺がんを防ぐ効果があることが疫学的に分かっています。ただ、どの成分が肺がんを抑制するかは分かっていません。

 肺がんは症状が出にくいのが一番の特徴で、症状が出た時はかなり進行していることが多いものです。セキ、タン、胸痛などが主な症状で風邪に似ていて分かりにくいものです。

 肺がんはできる位置によって中心型と抹消(まっしょう)型に、組織学的には腺がん、扁平上皮がん、小細胞型など、生物学的特性からは小細胞肺がんと非小細胞肺がんに分けられます。

 非小細胞肺がんは85%を占め、分裂のスピードがそれほど速くなく手術できる可能性も高いものです。小細胞肺がんは15%ほどですが悪性度が高く、外科的治療ができない状態で見つかることが多いですね。体のほかの部分に転移した状態で発見されることが多く、多くの症例では抗がん剤がよく効きます。それらの特性を考慮して治療が行われます。

 肺がんには三つの治療法があります。局所治療法として手術と放射線療法、全身療法として化学療法があります。この三つのうち二つ以上を組み合わせた集学的治療法も行われています。

 がんの化学療法では副作用がつきものです。最近は副作用と合併症を抑える支持療法が進歩してきました。これにより患者の生活の質(QOL)を落とさず安全に治療できるようになってきています。

 副作用の主なものは白血球と血小板が減少する骨髄(こつずい)抑制、吐き気や食欲不振、下痢などの消化管障害、口内炎や口腔内潰瘍(かいよう)などの粘膜障害などさまざまです。

 副作用は治療直後に出る即時型としてショック、発熱、発疹(しん)、吐き気などがあります。数日から数週の間に出る早期型として白血球、血小板減少、口内炎、下痢、脱毛などがあり、数カ月後に出る貧血、色素沈着などの遅延型もあります。数年後に出る二次発がんは晩発型です。

 最近話題の分子標的治療薬のイレッサは日本人女性の腺がんで効果を上げた抗がん剤ですが、副作用で注目されました。発疹やかゆみなどの皮膚障害と下痢が主ですが、急性肺障害で死亡する患者もいました。

 なぜ抗がん剤での療法は難しいのでしょうか。抗菌剤と比べると理解しやすいでしょう。細菌は植物で動物の細胞とは全く違うので、細菌に作用し、人体に作用しない抗菌剤を作るのは、そう難しいことではありません。ところが、がん細胞はもともと自分の細胞で、ほとんど正常な細胞と差がありません。そのわずかな差を利用して治療するので難しいのです。ですから当然、副作用を生じることになります。

 抗がん剤によるがん治療は、生命延長が目的です。抗がん剤治療によって一時的にQOLが低くなることもありますが、長生きできれば結果的にQOLはよくなると思います。医師は薬剤師、看護師などと連携し、患者に最適な治療を心掛けています。