肥後医育塾公開セミナー

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平成16年度 第2回公開セミナー「がんの予防とくすりによる治療の最前線」

【講師】
熊本大学大学院医学薬学研究部消火器内科学教授
佐々木 裕

『「消化器がんの予防と治療」』
「前がん」治療がカギ 生活習慣への留意を


   消化器内科でいう「消化器」には、食道、胃、小腸、大腸、肝臓、胆嚢(たんのう)、膵臓(すいぞう)などが含まれ、非常に多種にわたります。

 国立がんセンターが、二〇一五年までに日本人男性がかかるがんを予想しています。それでは多くのがんが増えるとされ、中でも消化器のがんがその大半を占めています。

 がんは病気の進行度に応じて1期から4期まで分類できます。薬物療法は主に3期以降から始められます。

 抗がん剤での治療成績は年々向上しています。例えば切除不能の進行胃がんに対してS―1とシスプラチンという二種類の抗がん剤を組み合わせた治療では、76%の人に効いたという結果が出ています。また症例によってはよく効く場合があり、S―1のみで胃からリンパ節に転移したがんに対してよく効いたという事例もあります。
 食道がんの治療は放射線治療がよく効きます。放射線と薬物療法を組み合わせた治療法を放射線化学療法と呼んでいますが、放射線化学療法と手術による治療効果を比べますと、2、3期ではどちらも生存率に差はありません。また4期でも差はないといわれています。

 大腸がんにつきましては、手術ができないものについて、三種類の抗がん剤を組み合わせることによって、よい効果が得られるといわれています。

 肝臓がんは熊本に多いがんです。肝臓がんの薬物治療は、血管の中にカテーテルと呼ばれるチューブを挿入し、そこから抗がん剤を肝臓に注入する方法がとられます。具体的には太ももの血管から肝臓につながる動脈までカテーテルを入れます。そこからさらに小さなカテーテルを肝臓がんの病巣まで挿入して抗がん剤を注入し、詰め物をして病巣をふさぎます。これは肝動脈化学塞栓(そくせん)療法と呼ばれています。この療法では約50%以上の患者さんが約三年間、生存しています。

 肝臓がんにつきましては、肝動注リザーバという治療法もあります。皮膚の下に抗がん剤をためる装置を埋め込み、そこからカテーテルを通じて、抗がん剤を注入する方法です。症例によってはよい効果が得られます。

 抗がん剤治療には副作用が避けられません。そこで抗がん剤治療に代わる治療方法として、分子標的治療法が研究されています。がん細胞は無制限に増殖することが特徴の一つですが、これを抑えようとする治療法です。専門的にいうと、がん細胞が増殖する上で、重要な働きをする分子(責任分子または群)の機能を抗体、ペプチド、遺伝子、薬剤などにより抑える治療法です。これは正常細胞への影響を小さくすることが狙いです。

 がんの治療には、まずがんになる前の、「前がん状態」を治療することが大切です。“炎症が進むと発がんになる"は、がん発症の一つのメカニズムです。例えばウイルス性慢性肝疾患は一種の炎症で、これは肝がんにつながります。また胃がピロリ菌に感染していると、胃に炎症が起こり、これも胃がんに発展する可能性があります。こういう炎症の状態を前がん状態と呼んでいますが、この状態でくい止めることが大切です。具体的にはインターフェロンにより肝炎が落ち着くと、肝がんが抑えられることが知られています。つまり炎症を抑えることは消化器がんの抑制に有効なのです。

 がんの発症には生活習慣が深くかかわっています。危険因子として喫煙、多量の飲酒、塩分の取りすぎ、焦げた魚や肉、肥満などが消化器がんにかかわっています。一方でがんを予防するものとして、緑黄色野菜、果物、緑茶などが挙げられています。
 消化器がんは多種多様ですが、前がん状態で病気が明らかになる場合も多いのです。繰り返しますが、その状態で治療し、がんにならないことが重要です。それに食事、生活習慣に気を付けることも大切です。