肥後医育塾公開セミナー

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平成16年度 第1回公開セミナー「皮膚がんの最前線」

【講師】
熊本大学大学院助教授(皮膚機能病態学)
影下 登志朗

『「ほくろのがん」』
予防には紫外線対策を


   「ほくろ」とは色素細胞である「メラノサイト」が増えてできたものです。メラノサイトは皮膚や頭髪などに含まれる黒色の色素「メラニン」を産出する唯一の細胞です。このメラノサイトが、がん化したものを「メラノーマ(悪性黒色腫)」といい、欧米ではすべてのがんの中で最も発症の増加率が高く、社会問題にもなっています。
 二〇〇〇年に行われたアメリカの調査では、皮膚がんの中でのメラノーマの発生頻度は約五%に過ぎませんが、皮膚がんで亡くなった全死亡者数のおよそ八〇%を占めています。このことからも分かるように、メラノーマは非常に悪性度が高いことも問題なのです。

 ●増えるメラノーマ患者

 日本におけるメラノーマ五年生存率は、がん1期(初期)にはほぼ一〇〇%ですが、リンパ節転移がみられる3期(後期)になると、二人に一人は命を落としています。さらに肺や肝臓、脳などに遠隔転移を起こす4期(末期)では、五年生存率は一〇%前後にまで低下します。国内では人口十万人あたり一―二人の患者が発生していると推定されています。熊本もメラノーマの患者数は増えており、熊本大学付属病院では年間二十五―三十人の新しい患者さんが受診しています。
 メラノーマをはじめ多くの皮膚がんの原因は紫外線と考えられています。日光に当たると皮膚の細胞の核にあるDNAは、損傷を受けますが自分の力で修復します。しかし、繰り返し紫外線を浴び続けたり、過度の紫外線が照射されると、修復できない細胞が残存することになります。そして、核の中にある「がん抑制遺伝子」や「がん遺伝子」に損傷が生じると、がんが発生してしまうのです。

 ●ほくろが急に大きく

 メラノーマの特徴は?大型の色素斑で約七ミリ以上の黒いシミ?不規則な形で左右非対称であったり、ギザギザとした輪郭のものや、色調に濃淡があったり紅色や白色が出現するなど色の変化がみられる?幼いころにはなかったほくろが三十歳、四十歳と大人になってできて、それが急速に大きくなる―など。また爪に発症することもあり、爪の形状が破壊され肉芽が形成されるときには悪性の可能性が高いものです。必ず専門医の診察を受けてください。
 メラノーマは次の四つのタイプに大別できます。「悪性黒子(こくし)型」は高齢者に多く、顔面にできやすいものです。進行が非常に緩やかで慢性的な紫外線照射が原因ではないかと考えられています。「表在拡大型」は増加しているメラノーマの一つで、若年―中年に多くみられ、胸・背中や下肢に発生し、進行が非常に早いものです。例えば、色白でプールや海などで過度の紫外線をときどき浴びる人にみられます。「結節型」は、年齢に関係なく発症し、非常に発育が早く、予後が思わしくないものです。紫外線との関係はよく分かっていません。「末端黒子型」は日本人では最も多く発症しており、およそ五〇%はこのタイプです。中年―高齢者に多く発生し、足底や爪などにできて発育も早いものです。紫外線との関係はないといわれており、外傷などが原因になるのではないかと考えられています。
 メラノーマと紛らわしいものにほくろや老人性色素斑、老人性いぼ(脂漏性角化症)などがありますが、爪の黒い変色も要注意です。四十歳を過ぎて急に爪が黒く変色した場合には特に注意が必要です。これらの疾患はがんと酷似した鑑別疾患として、きちんと調べる必要があります。
 治療は外科手術が中心になりますが、遠隔転移などがみられる場合には抗がん剤などを投与していきます。免疫療法やワクチン療法、遺伝子療法など現代医療の粋を集めて治療に当たりますが、五年生存率が低いことから分かるように、あまり効果は期待できません。

 ●進む遺伝子治療の研究

 熊本大学では信州大学や名古屋大学と提携し、遺伝子治療の研究を行っています。リポゾームという油の膜にインターフェロン遺伝子を入れて、がんの病変に投与して、がん細胞を殺してしまおうという戦略です。マウスを使った動物実験では、移植したヒトのメラノーマの塊が完全に消えるという成果を収め、二〇〇三年七月に臨床試験の承認を得ることができました。これからのがん治療の幕開けになる第一歩であると、遺伝子治療の研究に取り組んでいるところです。
 では、自分自身で早期発見するためにはどうしたらいいでしょうか。まず、自分の誕生日に自分の全身の皮膚をチェックする「バースデーチェック」をお勧めします。患部の写真を撮っていくと、年単位で進行の状態を医師に伝えることになり、診断に大きく役立ちます。また足の裏のほくろは注意して観察しましょう。日本人のおよそ一〇%には足の裏にほくろがあるといわれていますが、四十歳代以上になってできたものや、だんだん大きくなるものは、がんの可能性があります。気になるほくろを発見したら、左右対称かどうか、色がどす黒かったり濃淡はないか、縁がギザギザと不規則でないか、直径が六ミリ以上ないかどうかなどをチェックしてみてください。
 メラノーマをはじめ、皮膚がんを予防するには紫外線対策が不可欠です。午前十時?午後二時の紫外線の強い時間帯の外出を避ける、日傘や帽子、日焼け止めクリームを利用するなどを心掛けましょう。曇りの日では晴天時の約八〇%、雨の日でもおよそ二〇%の紫外線が降り注いでいます。幅の広い帽子や日傘で頭部や耳、うなじを守りましょう。また海やプールでは、水着の上にTシャツなどを着用することをお勧めします。特に子どもは自分自身では紫外線対策はできません。親が子どもを紫外線から守る意識が必要でしょう。