肥後医育塾公開セミナー

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平成16年度 第1回公開セミナー「皮膚がんの最前線」

【講師】
虎の門病院皮膚科部長
大原 國章

『治らぬケガや湿疹注意』
治らぬケガや湿疹注意


   現在は、がんを告知する時代になりました。しかし、皮膚がんの場合は、告知しても「皮膚がんでよかった。死ぬことはないんですね」と患者さんから言われることがあります。このように、多くの人が正確な知識を持っていないのが現状です。
 皮膚がんは、肺がんや胃がんなど内臓にできるがんと同じ恐ろしい病気で、手遅れになれば死ぬこともあるのです。ただ、皮膚がんは“自分自身で発見できるがん"です。正しい知識を身に付け早期に発見することが積極的予防につながります。
 皮膚科の病気といえば湿疹(しっしん)・皮膚炎をはじめ水虫やにきびなどが中心になりますが、診察をしていると、その中の少数に皮膚がんを発見することがあります。皮膚がんは頭から胴、お尻、陰部、手や足の先まで、体のあらゆる部位にできます。一見ほくろのようなものから湿疹のようなものまで、その形態はさまざまです。他のがんと同様に中高年に多いのですが、小中学生など子どもにみられることもあるので、老若男女を問わずに注意することが必要でしょう。

 ●増殖し生体組織を破壊

 がんは一般に「悪性新生物」と呼ばれています。細胞の一部が勝手に増殖し、生体の組織を破壊する特性があり、そのために患者は死に至る場合があります。「破壊されて崩れた組織をきれいに治す」こと、そして「患者の命を救う」こと。これが皮膚がん治療の一番の目的です。
 皮膚は汗をかいたり体温を調節するなど、複雑でダイナミックな働きをする“臓器"の一つです。皮膚を顕微鏡で見ると、一番外側に「表皮」があり、ポロポロと垢(あか)となって落ちる「角層」が皮膚の表を覆っています。次の「真皮」という厚い皮膚組織では、毛穴や血管、神経、汗腺などが複雑に絡み合っており、さらに「皮下組織」へと続きます。
 こうした器官を作る細胞のすべてに、がんができる可能性があり、一口に皮膚がんと言っても非常に広い範囲でさまざまな種類のがんが発生します。その中から、比較的多くみられる皮膚がんについて原因や症状などをみていきましょう。
 「有棘(ゆうきょく)細胞がん」は表皮の中の有棘細胞ががん化したもので、皮膚がんの中で最も多くみられます。原因は紫外線やウイルス、化学薬品、遺伝性皮膚病、褥瘡(じょくそう)、骨髄炎、放射線などが挙げられます。主な症状は、固まりやしこりなどの腫瘤(しゅりゅう)や、皮膚がえぐれたようになるがん性潰瘍(かいよう)です。子どものころに負ったやけどの跡から皮膚がんが発症する「熱傷瘢痕(ねっしょうはんこん)がん」や、三十―四十年前に子宮がんの放射線治療を受けた跡にできた「二次発がん」、戦時中に受けた深い外傷が慢性化し、がん化した例などもあります。長く治りにくいケガや湿疹など皮膚の異常があるときには、「がん化することもある」ということを念頭に置いてください。

 ●湿疹に酷似でやっかい

 有棘細胞がんの仲間に「日光角化症」と「ボーエン病」があります。日光角化症は文字通り、顔や手など日光が当たる部位が硬くカサカサに角化したり、びらんやただれ、紅斑、イボ様のできものなどが生じるものです。紫外線によって発がんする「表皮内がん」・早期がんの一つです。進行は初期には緩やかで年単位で進んでいくのですが、最終的には浸潤がん・進行がんとなり、転移を生じます。ですから早期発見が大切です。治りにくいびらんやただれに気がついたら、専門医に見てもらうことをお勧めします。一方、「ボーエン病」は胴体に多くみられる「表皮内がん」の一つです。非常に湿疹に似ているのでやっかいなのですが、軟こうなどを塗っても決して治ることはありません。原因は紫外線ではなく、イボウイルスやヒ素などの化学薬品ではないかと考えられています。症状は湿疹に似ていますが、色がまだらに変化したり、形も不規則に広がっていきます。「基底細胞がん」は基底細胞ががん化したのではなく、毛の元になる毛芽(もうが)ががん化したものだと考えられています。鼻やまぶたなど顔の中心にできることが多く、黒いほくろのようなものや結節・腫瘤などのしこりやびらん・潰瘍などがみられることもあります。一見、ほくろのようでも、真ん中がえぐれていたり、周囲が不規則に膨らんで黒く広がっていると、基底細胞がんを疑う必要があります。主な原因は紫外線で、非常に皮膚が日焼けに弱い「色素性乾皮症」という素因のある子どもに発病した症例もあります。視診(目で見て診断すること)でほぼ診断することができますが、最近ではデルマトスコープ(特別な拡大鏡)などの機械を使って、細胞まで詳しく観察して確定診断を下すことができるようになりました。

 ●場所や症状で推測

 「パジェット病」は汗腺にできるがんで、紅斑やびらんなどの赤いただれが症状です。わきの下や陰部に多く発生するために診察を恥ずかしがったり、泌尿器科や婦人科を受診する人もいますが、専門医以外では発見するのは難しいものです。紅斑やびらんなどが生じる初期には、ほぼ一〇〇%治るがんですが、進行してリンパ腺に転移がみられると完治は難しくなります。
 もともと、皮膚の異変は自分で見つけることができるものです。皮膚がんには、体にできやすい場所(好発部位)があり、患部の場所と症状などによってある程度推測することができます。一見、湿疹のようで非なるものが“皮膚がん"です。皆さんが正しい皮膚がんの知識を持ち、自分で発見するためのヒントになれば幸いです。