肥後医育塾公開セミナー

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平成15年度 第3回公開セミナー「体力維持と健康法」

【講師】
東京大学大学院教育学研究科教授
武藤 芳照

『「転ばぬ先の杖と知恵?転倒・骨折・ねたきり予防のために?」』
普段の生活がとても大事


   一般の方は自分の体のことをほとんど知りません。小、中、高校を通じて人体の勉強をしていないからではないでしょうか。例えば目玉の大きさを十円玉とほぼ同じと知っている人がどれほどいるでしょうか。こういう状況ですからテレビや雑誌などで「○○食品がいい」と取り上げられると、その食品に人々が殺到することにもなるのです。安易にそうした情報に左右されず、きちんと情報を受け止めて自分なりの健康法を見つけることが大切なのです。

 人は高齢になると同じ年齢でも体の状態や体力がかなり違ってきます。そして死ぬ時はコロリと死にたいとだれもが思うでしょうが、なかなかそうはいきません。介護が必要になったり、痴ほうや重い病気、寝たきりになったりして深刻な事態にもなりかねません。

 転倒することはそうした事態の前触れであることもあります。転倒することは原因ではなく結果なのです。つまり転ぶぐらい体の状態が悪くなっていて、その結果転倒するということです。転んでけがをすると、もともとあった病気がさらに悪くなって、寝たきりになったり、死期が早まってしまうということにもなります。医学的には一年間に二回以上転ぶと転びやすい人といわれています。私たちのグループによる研究では、動脈硬化が進みやすいような生活をしている人は転びやすいという中間結果が出ています。

 段差のないバリアフリー仕様の家が高齢者に優しいとされていますが、必ずしもそうではありません。バリアフリーの家に長期間住んでいると、同じ年代の人より足腰が弱っている人もいます。使わなければ機能が低下してしまいます。昔の日本家屋は、またいだり上り下りという動作をしないと住めません。布団を敷いたり上げたりする動作もあります。こうした日常の動作が体の訓練にもなっていたのです。普段の生活がとても大事なのです。

 脳にも同じことが言えます。IT社会が進み、用件はメールで、調べものはインターネット―といった生活をするため、人に会わない、話をしない、本を読まない、文を書かない若者が増えてきました。そうした若者は脳を使うことが少ないため、住所や電話番号を覚えられなくなるなど、日常生活に支障をきたす人もいます。

 日常の運動不足解消には、歩いて通勤するのが安上がりで手っ取り早くできる方法です。二十一分以上歩いて通勤している人は、生活習慣病になりにくいという研究結果もあります。普段からの運動を続けることが長寿の秘けつと昔から言われています。

 転倒が生活習慣病の結果なら、転倒しにくい体づくりをすれば生活習慣病も予防できるのでは、という考えから一九九七年十二月、東京厚生年金病院で日本初の「転倒予防教室」を開始しました。週に一回の講習を八週間にわたって実施、現在は十二週間に延ばしています。

 お年寄りは前かがみになってすり足で歩く人が多いものです。これは転倒しやすい歩き方で、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見て、後ろ足のつま先で地面をしっかりけり、歩幅を広くし、かかとから着地するのが転倒しにくい歩き方です。

 教室では筋を伸ばすストレッチ運動を指導しています。リズム運動やじゃんけんを応用した運動遊びなど、楽しくできるように工夫しています。道具を使わず家庭でもいつでも簡単にできる運動ばかりです。受講者は全員、自信と希望に満ちてきたと言います。

 こうした運動は長く続けることが効果を生む秘けつです。三十年以上も続けるには無理なく楽しくなければなりません。自分にあった運動を見つけ、決して無理をせずに続けてください。