肥後医育塾公開セミナー

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平成15年度 緊急フォーラム「医学的見知から見たハンセン病」

【講師】
兵庫県立成人病センター皮膚科部長
熊野 公子

『〜毒性なく、弱い感染力〜』
「医学的見地から見たハンセン病」


   ハンセン病はらい菌によって引き起こされる感染症です。発病すると慢性的に症状が進み、主に皮膚と神経が侵されます。運動神経が侵されることによる手足や顔面の麻痺、自律神経や感覚神経に麻痺が起きて汗が出なくなる障害や感覚の喪失などが出てきます。

●ほとんど発病せず
 しかし、らい菌の感染力は非常に弱く、仮に感染してもほとんど発病せず、多くの人は自然に治癒します。日本では現在、年間数人が発病する程度ですが、適切な治療により完治させることができます。
 ハンセン病は紀元前六世紀のインドの書物に記録が見られ、紀元前三世紀にギリシアの兵隊によってアジアからヨーロッパに伝わったといわれています。そして十世紀から十五世紀にかけてヨーロッパで大流行し、同時に病気に対する差別と偏見が大きくなっていきました。

 一八七三年、ノルウエーのハンセンがらい菌を発見し、ハンセン病学の近代化が始まります。一九四一年、細菌の増殖を抑える力を持つスルフォン剤が結核に効くと利用されはじめ、二年後にハンセン病の治療にも使われるようになります。一九六一年にヌードマウスによる動物実験に成功し、らい菌の増殖した細胞が手に入るようになりました。一九七〇年には、殺菌作用を持つリファビシンという薬が実用化され、翌一九七一年には、野生動物アルマジロでのらい菌増殖にも成功。さらにハンセン病に対する研究と治療が進みました。

 ハンセン病はらい菌が人の体に入っても必ず発病するわけではありません。感染した場合には、その人の免疫力などが大きく関係します。この菌に対して抵抗力がある人から抵抗力は少なく菌が体内で共存できる人などさまざまです。ハンセン病は宿主となる人の反応によって症状が異なるため診断が非常に難しい病気です。しかし、免疫学の研究者にとっては宿主によって症状が異なる点から細胞免疫学の研究テーマとして脚光を浴びています。

●既に衰退期の細菌
 ここ数年、らい菌の研究が大きく前進しました。まず二〇〇〇年、らい菌が人の神経に密着しやすい成分を菌体の表面に持っていて人の神経を侵すメカニズムが明らかになりました。二〇〇一年には遺伝子のDNAが解明されました。らい菌は結核菌と比較すると、長さが非常に短く遺伝子数は三分の一程度。菌が生きていくための呼吸・代謝に必要な遺伝子がほとんど欠けており、単独では生きていけない細菌であることが分かったのです。つまり、感染力が弱く、すでに遺伝子レベルで衰退期に入っている細菌といえるでしょう。毒性がほとんどなく、人を宿主にしながら生き長らえてきた細菌なのです。

 現在、ハンセン病の治療はどこでも受けることができ、外来通院で可能です。早期に発見し適切な治療を行えば、後遺症はほとんど残りません。また、後遺症による変形や麻痺を元のように戻す外科的手術なども進んでいます。