肥後医育塾公開セミナー

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平成15年度 第1回公開セミナー「スポーツ医学から見た正しいトレーニング」

【講師】
鹿屋体育大学体育学部教授・ミュンヘンオリンピック金メダリスト
田口 信教

『「個人の特性見極めが大事」』
トップアスリートの健康管理


   スポーツが上達するには、繰り返し練習をする必要がありますが、指導者は選手に何回もそのことを言うべきです。一回や二回ではほとんど頭に残らず、なかなか実行しないからです。大きな紙に標語のように大きく書いて目に付くようにするのも効果的でしょう。私は水泳を始めた時、監督の家に下宿しましたが、日の丸の旗に「世界一」と大書して部屋の壁に張っていました。そのことをいつも意識しておく必要があったからです。
 さて故障しないためには、自分のことをよく知ることが大切です。体力や学力を見る際、よく平均値を参考にしますが、平均値はあくまでも平均であって、個人個人には当てはまりません。人それぞれ体力や能力は違います。特にトップアスリートを目指すなら、自分のことを詳しく知って自分に合う競技を見つけることが必要です。自分のことを知らないでスポーツをすると、けがをする可能性も高まります。
 例えば平泳ぎと背泳ぎは正反対の運動で、平泳ぎは足が外に開く人に向いていて、背泳ぎは内またの人に合っています。この点を無視してはトップアスリートにはなれませんし、無理して強い練習をするとけがの原因になります。
 鈴木大地選手や岩崎恭子選手は、通常では考えられないような脚の柔軟性を持っています。それがそれぞれの競技に合っていたから金メダルが取れたわけです。どのスポーツでもトップレベルの選手をよく観察してください。そうすると、そのスポーツの特有の動きや選手の特性が分かると思います。
 今の小中学生のスポーツ部活は、ほとんど個人の特性を考えずに行われています。指導者に専門家が少ないのも問題です。そうした状況ですので、けがが多くなるのも当然ともいえます。
 ところで練習の仕方ですが、練習メニューにはやりやすいメニューとやりにくいメニューがあると思います。練習内容の順番がまずいこともありますし、選手の能力に応じてもメニューは違ってくるはずです。例えばラジオ体操は、体操に慣れた人にちょうどよい運動で、初めてする人にはきつい運動です。そうした個人に合った多くのメニューを作れる人が優秀な指導者です。また練習は効果が上がるメニューだけをやりがちですが、一見無駄に思える練習を取り入れることも大事です。そうするとバランスの取れた体ができ、けがもしにくくなるからです。
 選手を育成するには、その人の特質や能力と、目標を結びつけて基本的なプランをまず作ります。そして食事と寝る時間は規則正しくすることです。朝早く起きるのが苦手な人は、目覚まし時計の代わりに音楽を流すなどして起きやすくしたり、練習する気分が盛り上がるような雰囲気づくりも必要でしょう。
 小中学生のスポーツでは、成長に合わせて適度な強さの運動をすることが大切です。それも平均値ではなく個人の特質を見てください。そしてその人に合ったメニューを作ってあげることです。
 人にはまだ埋もれた能力があると思います。視力一つとっても動体視力や瞬間視力など、十二種類ほどの検査があります。一般的にそこまで検査することはありません。人より秀でた能力が分かると、スポーツ選手になる、ならないにかかわらず、人生も違ってくると思います。隠れた能力を見つけてあげるのは大人の役割ではないでしょうか。よく調べるとその人の素質も見えてきます。そしてスポーツの持つ魅力が子どもの教育にも役立てば幸いです。