肥後医育塾公開セミナー

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平成15年度 第1回公開セミナー「スポーツ医学から見た正しいトレーニング」

【講師】
サッカー日本代表チームドクター
白石 稔

『「勝利に欠かせぬ医療支援」』
プロ・セミプロ選手の健康管理?サッカー選手の場合


   平成十一年から十四年まで名古屋グランパスエイトの専属チームドクターを務め、現在は育成部の医学的管理を担当している経験をもとに、プロ・セミプロ選手の健康管理方法やけがを減らすポイント、そのための有効なトレーニング法を紹介します。
 名古屋グランパスのメディカルスタッフは原則として、ドクター、理学療法士、栄養士、コンディショニングコーチがそれぞれ一人、アスレチックトレーナーが三人います。チームドクターの仕事は救急対応、日々のじん速な診断と治療、コンディション管理、メディカルチェック、チーム関係者への医学的指導と啓発などが主です。最も重要なのは、練習前後を中心として選手の状態をよく観察することです。練習前に選手の健康状態をチェックし、練習中は私も練習に参加し練習の強度とその時の選手の体の反応を見るようにしています。リハビリ中の選手がいればその進行状況も把握します。
 トレーニングキャンプの時は芝の状態が、けがの発生の面から重要です。事前に状態を確認し、よくなければキャンプ地を変更することもあります。
 チーム内でできる医療には限界がありますので、周辺の医療施設とネットワークを構築しています。さらに全国規模で各種の医療施設や研究所などとも連携が取れるようにしています。
 名古屋グランパスの選手のけがの実態を紹介しましょう。一九九九年から二〇〇一年には、年間百十件から百七十件ほどのけがが発生しました。試合中が最も多く、次にキャンプ、練習中という順でした。一カ月以上の重症例が三十三件発生しています。部位は下肢が多く全体の約七〇%を占めていました。
 けがの原因は筋力不足や柔軟性に欠けるなどの筋肉の原因が四五%と最も多く、過去のけがや復帰を急いだためのリハビリ不足、O脚や扁平足などの身体的要素、練習の質や量のまずさも多くなっています。相手選手のファウルプレーや芝の状態、シューズなどの用具が原因になる場合もあります。
 けがの後、治療しながらプレーして治った例もあれば、逆に悪化した例もあります。悪化した原因は筋力不足や不十分なリハビリ、過去のけが、身体的弱点など、選手の個人的要因が多いようです。選手の自己管理が大事で、練習前後のストレッチやウオームアップ、クールダウン、日常の筋力トレーニング、過去にけがした部位の補強運動などがコンディション維持に欠かせません。そのためには、正しい医学的知識を身につけることが必要です。超一流と言われる選手やけがの少ない選手は医学的知識が豊富なうえに、「けがに負けない」という強い前向きな精神力を持っています。
 若い選手は、健康状態のセルフチェック、セルフケア法を学ぶことが必要です。練習計画を立てる場合、骨や筋肉などの成長の状況や、循環器、関節の成長軟骨の弱さなど、子どもの身体的特徴を理解することが必要です。
 グランパス育成部では医学的観点からの選手の教育や指導、心身の自立、健康な体づくり、けがの予防と自己管理法の習得などを健康管理の基本方針としています。
 プロを目指す子どもたちは大人になる前に、正しい医学的知識を持ち、心身の自己管理ができるようになり、強い精神力を養っておくことが大事です。
 医療体制が充実することは選手がレベルアップし、ひいては勝利に貢献することにもなります。スポーツにおいて医療の役割はとても大きいと思います。