肥後医育塾公開セミナー

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平成14年度 第3回公開セミナー「高齢者と難聴」

【座長・講師】
熊本大学医学部耳鼻咽喉科教授
湯本 英二

『人工内耳の実際』
電極埋め込み聴力回復


   補聴器を使っても聞こえないという内耳性難聴の場合、人工内耳の埋め込み手術をすれば、聴力を回復することができます。内耳性難聴の多くは、音を感知する有毛細胞が何らかの原因で壊れたことによって引き起こされます。この場合、補聴器で音を増幅しても、聴力を回復することはできません。残されている方法は、有毛細胞につながっている聴神経を電気で刺激し、再び音を感じられるようにすることです。そこで、内耳に電極を埋め込み、神経を直接電気刺激する人工内耳手術を施すわけです。

 ただし、人工内耳はあくまでも内耳部分の障害で難聴になった場合に効果を発揮するものです。蝸牛と脳をつなぐ聴神経や脳そのものに障害があるときには、残念ながら人工内耳の効果は期待できません。

 わが国で初めて人工内耳の手術が行われたのは一九八五年です。その後、九四年に健康保険が適用され、これをきっかけに手術を受ける人が増えてきました。熊本大学では二年前に初めて人工内耳の手術をし、その数はこれまで十九人に上ります。

 人工内耳の手術をするには大まかに言って、初診から数えて二、三カ月間かかります。まずは耳の詳しい診察や聴力検査、レントゲン検査などを行い、その結果をもとに患者と医師、言語聴覚士の三者で話し合います。ここで、手術が可能かどうかが判断され、条件が整えば手術ということになります。

 蝸牛に直径約〇・五ミリの電極を埋め込む手術は、耳の後部を切開して行います。手術に要する時間は三時間から四時間ぐらい。術後一週間ほどで抜糸しますが、実際に電極が作動を始めるのは二、三週間経過してからです。

 手術をして、電極を埋め込んだからといって、すぐに音が聞き取れるわけではありません。初めのうちは耳に入ってくる音が言葉なのか雑音なのか分からなかったり、不快になったりします。患者さんの話では、会話がロボットの声のように聞こえたりもするそうです。このため、人口内耳をその人に合うように調整し、なおかつ、新しい音に脳が慣れ、それが言葉として認識できるよう、リハビリに取り組まなければなりません。

 リハビリの方法や期間は患者が大人であるか、子どもであるか、あるいは難聴が先天的なものか、後天的な要因によって発症したかで違ってきます。先天的な聴力障害であれば、今まで全く言葉というものを聞いたことがないわけですから、とても根気強いリハビリが必要になるでしょう。

 内耳性難聴の患者に人工内耳手術をすべきかどうかについては、ある程度の規準を設定しています。子どもの場合は二歳以上で両耳とも一〇〇デシベル以上の難聴があり、補聴器をしても効果がない方です。また、術後に言語教育を行うための組織的スタッフや施設が整っていることなども条件になります。一方、大人は十八歳以上で九〇デシベル以上の難聴があり、補聴器をしても効果がない場合が対象です。ただ、先天的な難聴で言葉を知らずに大人になった場合は、仮に人工内耳の手術をしても会話ができるようになるには、かなり難しいことと言えるでしょう。

 手術の費用は概算で四百万円ほど。健康保険の適用前は全額自己負担でしたが、現在は各種の医療費助成制度が利用できます。例えば五歳で手術をした場合、最終的な自己負担額は百四十円、四十六歳では千八百八十円で済みます。ただ、使用を始めてから必要になる電池の交換や機械のメンテナンス費などは自己負担です。

 人工内耳は素晴らしい技術ですが、まだまだ発展途上にあります。電池の消耗、水濡れや衝撃に対する強度など、改善されるべき課題も数多く残されています。人工内耳が今後さらに使いやすくなり、多くの人の役に立つことを願っています。