肥後医育塾公開セミナー

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平成14年度 第3回公開セミナー「高齢者と難聴」

【講師】
兵庫医科大学耳鼻咽喉科教授
坂上 雅史

『耳の病気と難聴〜慢性中耳炎を中心に〜』
聴力低下を加速させる 


   私たち耳鼻咽喉科医が病院の外来で難聴の患者を診察する際、最初に診るのはそれが治る難聴か、治らない難聴かということです。治りうる伝音難聴の場合は、中耳腔に鼓室形成術という手術を行います。治らない感音難聴ならば、補聴器で聴力を補うよう勧めます。

 伝音難聴を来す疾患は、そのほとんどが中耳炎です。中耳炎には、赤ん坊がよく発症する急性化膿性中耳炎、耳ダレが出て聞こえにくくなる慢性中耳炎、ペニシリンのない時代は髄膜炎なども発症していた真珠腫性中耳炎、そして主に子どもに多く見られる滲(しん)出性中耳炎などがあります。

 正常な鼓膜は薄くて光り輝いて見えます。直径一センチ、厚さ一ミリ以下で色は灰白色です。ところが、急性化膿性中耳炎になって炎症を起こしている鼓膜は赤くはれ上がっています。これを患うと、痛くて、耳ダレが出て、発熱します。赤ん坊が痛がって泣いている中耳炎は、ほとんどがこの急性化膿性中耳炎です。中耳炎は耳の外部から水が入って起こるのではなく、鼻水が出て、鼻から耳にばい菌が侵入して発症します。時には伝音難聴にとどまらず、蝸牛にも影響を及ぼし、感音難聴へと悪化することもあるので、症状がひどくならないうちに抗生物質などで早めに治療してください。

 慢性中耳炎は痛くはありませんが、鼓膜に穴があき、風邪をひいたときや耳に水が入ったときなどに耳ダレが出る病気です。鼓室形成術で鼓膜の穴をふさぐか、新たに鼓膜を作ってあげれば治りますが、そのまま放置しておくと聴力が徐々に低下します。

 これまで慢性中耳炎の同一個人の聴力経過を調べた記録はありませんでしたが、兵庫医科大学で七十四の症例を調査することができました。長い人で二十二年間、平均十年間ぐらいにわたって調べた結果、慢性中耳炎の人は年を取るに従って、正常な人より聴力悪化の程度が大きいということが分かりました。例えば三十歳ぐらいで慢性中耳炎になると、最初は低い音が聞き取りにくくなり、六十?七十歳になると加齢による自然現象的な聴力低下も加わり、次第に高い音も聞こえにくくなっていきます。風邪などで耳ダレが出るときに、聴力の低下が最も大きいということも判明しました。

 では、慢性中耳炎は手術をすればどれくらい治るかというと、平均的な成績で見れば、鼓膜閉鎖は十人中九人以上、約九五%の人が成功し、聴力改善は十人中八?九人が確実に良くなっています。まれなケースですが、中には再び穴があいてしまう人もいるので一〇〇%というわけにはいきません。しかし、この成績から判断すれば、「慢性中耳炎は手術で治る病気」といえるでしょう。

 ここで、もう一つ大切なことがあります。それは、あまり時が経過しないうちに手術した方が聴力改善率も高いということです。聴力は年齢とともに徐々に低下し、鼓膜に穴があいていればさらに悪くなります。聴力の低下が少ないうちに手術し、満足いく聞こえを取り戻されることをお勧めします。

 慢性中耳炎の手術では両耳を一度に行う両側同日手術や、耳の後ろを切開しない新しい手術法なども開発されています。手術に要する時間も片方一時間程度で済みます。「慢性中耳炎は手術で治る病気」ということを認識して、耳鼻咽喉科医に相談してみてください。