肥後医育塾公開セミナー

肥後医育塾公開セミナー
肥後医育塾公開セミナー

平成14年度 第3回公開セミナー「高齢者と難聴」

【講師】
長崎大学医学部耳鼻咽喉科教授
高橋 晴雄

『聞こえのしくみと難聴〜歳をとるとなぜ聞こえなくなる?〜』
「感音難聴」と「伝音難聴」


   まずは耳の構造について説明しましょう。音は耳介から続く外耳道というトンネルを通って耳の奥へと入って来ます。外耳道の突き当たりにあるのが鼓膜で、そのさらに内側に中耳と呼ばれる空間があります。

 中耳には耳小骨という三つの骨が付いています。鼓膜を振動させた音をこの耳小骨が増幅し、その奥にある内耳に伝えます。内耳はカタツムリのような形をしたトンネルで、中には液が満ちています。液中には音を感じる有毛細胞がぎっしり並んでおり、ここで感じ取られた音が蝸牛(かぎゅう)神経を通して脳に伝えられます。

 難聴は、これら耳のどの部分が悪くなっても発生します。例えば、耳あかが詰まったり、中耳炎になったり、あるいは有毛細胞の機能が落ちても、聞こえが悪くなります。




 蝸牛の中にはコルチ器という複雑な器官があり、その中には約三千五百の内有毛細胞と一万前後の外有毛細胞が並んでいます。内有毛細胞は音そのものを感じ取る感覚細胞です。外有毛細胞は小さな音を増幅したり、似たような音を区別して内有毛細胞に伝える働きをしています。

 二つの有毛細胞は非常にデリケートで、ちょっとしたショックにもダメージを受けてしまいます。外有毛細胞が傷つけば、微妙な音の聞き分けができなくなったり、雑音が響くなど、軽度から中度の聴覚障害を引き起こします。一方、内有毛細胞が傷つけられると、音に対する感覚そのものが低下するわけですから、中度から重度の障害、時には音が全く聞こえなくなることもあります。

 次は高齢者の難聴について話します。難聴には外耳や中耳が原因で起こる伝音難聴と、内耳もしくは脳に近い部分の神経にトラブルが生じて起こる感音難聴の二種類があります。

 感音難聴は、加齢に伴い有毛細胞が減少することでも発生します。これは病気というよりは、むしろ自然現象ととらえた方がよいでしょう。
 年齢と聴力の相関関係を見ると、高齢になっても日常会話などの低い音に関しては問題ありませんが、高い音に対する聞こえは次第に悪くなるといえます。例えば、電話の音や電子機器のサイン音などが聞こえにくくなります。

 この感音難聴については、手術や投薬などで治療することはできません。現時点で行われているのは、補聴器などを使って耳に入ってきた音を増幅してあげることです。人工内耳の精度がいま少し改善されれば、今後はこちらにも期待が集まるでしょう。

 一方、伝音難聴は治療することが可能です。特に、鼓膜の内側に液がたまる滲(しん)出性中耳炎は、手術によって聴力が大きく回復したという症例が数多くあります。

 滲出性中耳炎は小児に多く見られる病気ですが、たまに高齢者も発症します。急性中耳炎のように痛みや耳ダレがあるわけではなく、ゆっくり進行していくので、なかなか気づきにくい病気です。特に高齢者の場合は加齢による自然現象的な感音難聴との見極めも難しく、放置されるケースも珍しくありません。

 滲出性中耳炎は鼻やのどを治療したり、鼓膜を切開したり、鼓膜チューブを留置するなどして治療します。感音難聴の治療法はありませんが、この滲出性中耳炎を治すことによって、加齢に伴って低下した聴力をある程度回復することができるのです。

 耳の聞こえが良くなれば、生き生きと活動的な生活を送ることができるようになります。生活の質が向上し、充実した暮らしが実現します。高齢者の難聴にも治療可能なものはたくさんあるのです。皆さん、まずはあきらめずに、医師に相談してみてください。