肥後医育塾公開セミナー

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平成14年度 第2回公開セミナー「目の老化と病気に立ち向かうために」

【講師】
山口大学医学部分子感知医科学講座(眼科学)教授
西田 輝夫

『「目の老化と病気?特に老眼や角膜疾患について?」 』
重要度増す感覚器医療


   私たちは基本的に、幸せを求めて生きています。いろんな意味の幸せがあるでしょうが、やはり健康であるということが、幸せになるための第一条件だと思います。

 健康であるためには、体温など体の状態をいつも一定の状態に保たなければなりません。しかし実際は、社会環境や気候の変化など、周囲は常に移り変わっています。それに対応するために備わった能力が情報入力系、すなわち目、耳、鼻、舌、皮膚の五つの感覚器です。なかでも目は、物を見る視覚を担当し、情報入手の八〇%を担っています。

 目で物を見るとき、私たちは頭の中でいろんな情報と照合してものを考え、判断し、行動を起こします。その結果をまた目から認識し、経験が脳に記憶され、次の対応をしやすくします。つまり見るということは、目だけでなく頭の中で見るということであり、それほど視覚は重要な感覚器なのです。

 このことをふまえて、今日の全体テーマである老化、加齢性変化について話します。

 医学の貢献により、日本は世界でもまれに見る長寿国となりました。しかし寿命は延びても、年を取るに伴い体力や意識、思考力などが低下することは避けられません。特に物を見たり歩いたりする、感覚系と運動系の低下は、私たちの生活の質を落とす原因となります。

 老化により引き起こされる眼科の病気としては、すべての人に必ず起こる老眼、白内障が挙げられます。

 老眼とは、目の中でレンズの役目をする水晶体の調節力が加齢とともに低下し、ピントが合わせられなくなる病気です。私たちの目は、近くの物にも遠くの物にも瞬時にピントを合わせる能力を持っています。しかしその能力はすでに青年期から落ち始め、中年、熟年となるうちに、次第に近くの物が見えにくくなってきます。

 よく「近視の人は老眼にならない」と誤解されますが、実は両者は全然違う種類の病気です。老眼は調節障害によって起こるものですが、近視、遠視、乱視は外界の像が網膜にきちんとピントが合わないという屈折異常によるものです。ですから、近視の人にも老眼は起こります。

 白内障は、目の中にある水晶体が濁ってくる病気です。そのため目の奥まで光が入らず、ものが見えなくなります。これも、程度の差はありますが、すべての人が加齢とともになる病気です。

 白内障が進行しても、手術で濁った水晶体を取り除けばまた見えるようになります。二十年ほど前から、水晶体を取り除いた後にコンタクトレンズを埋め込む手術法が開発され、現在盛んに行われています。昔のように、手術後に分厚い眼鏡をかける必要はありません。

 もう一つ、角膜について話します。角膜とは黒目を覆っている部分です。目が光を通す働きとして、水晶体が全体の三分の一、角膜は三分の二の仕事を担う重要な部位です。これらは透明でないと光を通しません。

 角膜の病気は、特に年を取ったから起こるわけではありません。円錐角膜は若い人に多い病気で、角膜がとがって盛り上がる症状です。そのためピントが合わず、視力が落ちます。また、細菌などが原因で角膜が濁る病気もあります。このため光が目の奥に入らず、視力が落ちてきます。

 つまり角膜の病気が原因で視力が落ちる場合とは、大きく分けて、形がおかしくなるか、もしくは光が通らなくなるかの二つです。

 角膜が濁った場合、現在の医学ではもとの透明に戻すことができません。残された方法は、悪い角膜を切り取り、亡くなった人から提供されたきれいな角膜を移植することです。

 角膜移植手術は百年以上前から研究されており、ここ二十年ほどの間に広く普及しました。特に最近の十年間でかなり安全に行われるようになりました。現在、角膜移植の成功率は、控え目に言っても約八〇%にのぼります。角膜移植を受けた人は光を取り戻し、もう一度人生を歩み出すことができます。角膜提供はいわば「人から人への光の架け橋」なのです。

 白内障や角膜移植は、先輩眼科医たちのおかげで、二十世紀最後の二十年間で安全に治療できるようになりました。しかし、老眼は残念ながらまだ治療できません。私たち眼科医は、皆さんが寿命をまっとうされるまで楽しく物を見ていただけるよう、さらに努力しなければなりません。感覚器医療の分野は、今後ますます重要になってくると感じています。