肥後医育塾公開セミナー

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平成14年度 第1回公開セミナー「皮膚と心」

【司会】
熊本大学医学部神経精神医学講座教授
北村 俊則

きたむら・としのり 

1947年神奈川県生まれ。72年慶応義塾大学医学部卒業。英国バーミンガム大学精神医学教室、慶応義塾大学医学部精神神経科客員講師、国立精神・神経センター精神保健研究所の社会精神保健部部長などを経て2000年より現職。熊本県精神保健福祉協会会長、熊本県精神保健福祉審議会委員、熊本県障害者施策推進協議会委員などを務める。

『「人はなぜ自分を傷つけたくなるのか」』
SOSサイン受け止めて


   人間と動物の違いに、人間は仲間同士で傷つける、自分で自分を傷つける、さらに自殺するという点が挙げられると思います。動物は、まれに共食いしますが、自殺はしません。毎年多くの人が交通事故で亡くなっています。1995年ごろは、自殺者は交通事故で亡くなった人の約二倍でした。ところがここ二、三年は、約三倍に増えています。自殺者の全人口に対する割合は約一%で、性別で比率を見ると女性1に対して男性2になります。どうして人間は、自分で自分を傷つけたり、自殺したりするのでしょうか。これがきょうの話のテーマです。

 自殺する人の大多数は、思い立ってすぐ自殺行動に移るわけではありません。多くの場合、自殺念慮、自傷行為、自殺企図、自殺既遂という段階を経ます。つまり自殺したいという気持ちをまず持ち、それが強いほど自傷行為が多くなります。自傷行為を繰り返しているうちに具体的な自殺計画を立てるようになり、最後に自殺してしまう―という過程をたどります。

 それでは、どういう人が自殺しやすいのでしょうか。憂うつだとか不安を感じている人は自殺念慮を持ちやすいでしょう。怒りの感情を持っている人がそのはけ口が自分の外に向かわず、自分自身に向けられた場合、自傷行為となって現れます。これらの人も自殺念慮を持ちやすいといえるでしょう。もう少し詳しく具体的に話します。

 私の研究室で、ある公立高校の生徒約千人を対象に、自殺について調査しました。「自分の人生は生きるに値しないと思うか」という問いに対し、「思ったことがない」が約60%、残りの40%は「ある」とこたえています。「ある」のうち14%は、二週間以上にわたって気持ちが持続したと回答しています。また生徒の回答を、別の角度から解析した結果、約百人にうつ病傾向があり、そのうち約60%の生徒が二週間以上にわたって自殺念慮があったと答えました。明らかにうつ病傾向の人が自殺念慮を持ちやすいといえます。ほかの調査でも、過去にうつ病にかかった人は自殺念慮を持ちやすいという結果が出ています。ただ、うつ病の重症度とは無関係です。自殺した人は直前に、うつ病やアルコール依存症、精神分裂病など何らかの精神疾患を患った人が多いというイギリスの研究者の報告もあります。ほかにパーソナリティー(人格)に障害がある人、ストレスがたまりやすい人、性格的に問題のある傾向の人、近親者に自殺した人がいる人―などが自殺念慮をいだきやすいといえます。自分の問題を無意識のうちに他人や社会のせいにしたりして、ストレスや不安から逃れようとする未熟防衛機制が強い人ほど、自殺念慮を持ちやすいことも分かっています。

 自傷行為をした人には、精神科医がケアすることが重要です。自傷行為を繰り返した人の数は、ケアがなかった場合、あった場合に比べて約三倍というデータもあります。医療現場ではきめ細かなアフターケアが求められています。

 自殺願望について誤解されていることがあります。「"死ぬ死ぬ"という人は死なない」というのは誤解です。死んでもいいと思っている人は死にたい気持ちと、助けてもらいたいという気持ちが相克しています。助けてほしいという気持ちが「死ぬ死ぬ」という言葉になります。「自殺する人は確固たる信念があり自殺する」というのも誤りです。最初から100パーセント自殺すると思って遂行する人はいません。最後の最後まで「助けてほしい」というSOSサインを出しながら自殺します。

 もし「自殺したい」とうち明けられたらどうしたらいいのでしょうか。今日は"してあげること"ではなく"してはいけないこと"を話します。まず、話をそらしてはいけません。話をするということは、SOSサインを出しているわけです。話をそらすことは、SOSサインを無視することになります。そしてそれはあなただけにしか出されていないかもしれません。また、批判的態度をとったり、世間の一般的な常識を押しつけたり、安易に助言することも避けてください。そうしたことは本人を追い込みかねないからです。すぐにアドバイスするのではなく、話を聞いてやりSOSサインを受け止めてやってください。それが自殺防止に何より重要です。