肥後医育塾公開セミナー

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平成13年度 第2回公開セミナー「職場のメンタルヘルス」

【講師】
(岡山大学大学院医歯学総合研究科教授)
川上 憲人

『事業場における心の健康づくり指針』
正しい理解と適切な対応を


   職場のメンタルヘルスには三つの意義があります。まず、従業員の健康と命、生活を守ること。次に、生産性アップや事故の軽減のためです。労働コストの一〇?二〇%は精神的ストレスなどで失われていると計算されています。三つ目はリスクマネジメントのためです。最近では精神障害による労働災害や過労自殺が民事裁判で争われるようになり、事業者側が負けた場合、およそ一億円の損害賠償を遺族に支払わなければならない時代になっています。

 こうした問題を背景に、旧労働省から「事業場における心の健康づくりのための指針」(平成十二年八月九日)が発表されました。この中にはメンタルヘルスケアの具体的な推進方法が盛り込まれています。指針で示された四つのケアは、(1)セルフケア(自分で自分を守ること)(2)ラインによるケア(管理監督者が労働者のために行うこと)(3)事業場内の産業保健スタッフ(産業医、保健婦、看護婦、衛生管理者)などによるケア(4)事業場外の支援―の四つ。今回は(1)と(2)についてお話しします。

 初めに(2)の管理監督者がすべきことは、労働者への相談対応と、職場環境を改善してストレスを減らすことです。相談対応の重要なポイントは、管理監督者が従業員の様子がおかしいことに気付いたら、職場の産業保健スタッフに知らせ、そこから医療機関へと連携の縦糸を通すことです。従業員の異変に気付いたときに管理監督者がどう行動すべきかを訓練しておくことが必要です。さらに、事業場ごとに、相談できる専門家を確保しておき、何かあればそこに紹介できるようにするとよいでしょう。職場復帰するときのサポート体制をつくることも大切です。

 次に大切なのは、管理監督者が日ごろから、職場環境を見極めておくこと。仕事の負荷に見合うやりがいがあるか、部下が困ったときに相談しやすいか―など、雰囲気づくりも大切です。

 職場環境を改善してストレスを軽減した例として、あるパソコンオフィスがあります。オフィスで作業する女性従業員たちから、目の痛み、視力低下、肩こりなど多くの訴えが出ました。作業内容に特別問題はなかったのですが、この職場は壁の二面が巨大なガラス窓になっており、廊下から中が丸見えでした。廊下を社長や部長が通るため、従業員は常に緊張して仕事をしないといけない状態でした。早速窓をふさぎ、外から見えないようにしたところ、従業員の症状はなくなりました。目に見えるところだけでなく、その背景にあるものまで改善する―、これが職場改善の基本的なアプローチです。

 最後は、(1)セルフケアで締めくくりましょう。事業場は、労働者が自分でストレスに気付き、ストレスに対処し、自発的に相談ができるよう支援しなくてはなりません。ストレスに対処するための教育研修もその方法です。ストレスがあると、その受け止め方や性格によってストレス反応を起こし、それが持続して病気になります。この流れを止めればストレスがあっても何とか病気にならずに済みます。従って事業場では、ストレスの受け止め方や個人の性格をよりポジティブに変えること、自己主張訓練、あるいはストレス反応の持続を止めるためのリラックス法や自立訓練法などで緊張を下げる方法がよく使われています。

 メンタルヘルスについて事業場の全員が正しい知識を持つことも大事なポイント。これがないと、早期発見も職場復帰も進まず、偏見の中で失敗してしまうからです。必ず教育研修を行い、精神的病気は決して特別な人がかかる病気ではないこと、もしも精神的な病気になっても十分に回復することなどを、きちんと従業員に理解してもらうよう心掛けましょう。

 職場のメンタルヘルスはこれまで、専門家でないとできないと思われていましたが、今では事業場の全員がそれぞれの役割を認識し、事業場が計画的に自主的に実施していくことが求められています。

 さらに詳しく知りたい方は「事業所におけるメンタルヘルスサポートページ」へ接続してください。
http://jcqjapan.freeservers.com/