肥後医育塾公開セミナー

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平成13年度 第2回公開セミナー「職場のメンタルヘルス」

【講師】
(東京都精神医学総合研究所副参事研究員)
高橋 祥友

『うつ病のシグナルを見落とさず』
働き盛りの自殺を予防するには


   一九九八年から三年連続で自殺者が年間三万人を超え、非常に深刻な事態になっています。なかでも男性の自殺が増えており、男性の自殺者数は女性の二・五倍です。

 警察庁の統計では、成人の自殺原因の一位が病苦ですが、実際には、心の病気がきちんと診断されていないものがかなりあります。心の病気でもしばしば体に症状が出るのですが、それに気付かず、あるいはそれを否定しようとして、精神科を受診しないまま命を絶った人が多いのが現状です。

 中年期の自殺にはうつ病が一番関係しています。うつ病はよくある病気で、"心の風邪"と表現されることもあります。しかし放置しておくと、"心の肺炎"になってしまい、命取りになる危険さえはらんでいるのです。

 自殺にまで追い込まれる人の心理は、絶望的なまでの孤独感や自分は生きる価値がないと思い込む無価値感、極度の怒り、窮状が永遠に続くとの確信、自殺だけが解決策だと思い込んでしまう心理的な視野狭窄などがあります。

 では、働き盛りの自殺を防ぐにはどんな状態に気をつければいいか、十カ条にまとめました。これらのことに気付いたら、なるべく早く専門家に相談してください。

(1)うつ病の症状に気をつける―気分が沈む、思考力の低下など出てきます。仕事の能率の低下、集中できない、決断ができないというのも典型的なうつ病の症状です。
(2)原因不明の体の不調が長引く―すでに述べたように、うつ病でも体に症状が出てくることに気をつけてください。
(3)飲酒量が増す―うつ病になるとつい酒の量が増えてしまう人が、少なくありません。アルコールはうつ病の症状を確実に悪化させます。また自殺との関連で怖いのは、酩酊(めいてい)状態で自殺を図る人が圧倒的に多いことです。
(4)自己の安全や健康が保てない―自殺に先立って、自分の健康や安全を保てない状態になります。
(5)仕事の負担が増える、大きな失敗をする、職を失う。
(6)職場や家庭のサポートがない。
(7)自分にとって価値あるものを失う。
(8)重症の身体疾患にかかる―不治の病や難病になることも、かなり自殺のリスクを高めます。
(9)自殺を口にする。
(10)自殺未遂に及ぶ―それ自体では命を失わないような、自分の体を傷つける行為であっても、自殺の危険がすぐそこまで迫っています。

 また、「自殺したい」と打ち明けられたら、その人はだれでもいいから打ち明けたのではなく、信頼できる特定の人を選んでいることを理解してください。そんなとき、話をそらしたり、しかったりするのは禁物です。徹底的に聞き役に回り、相手が冷静になってから、「自分だったらこう考える」と助言しても決して遅くありません。そして、最後は精神科を受診するように働きかけてください。

 ところで現在、自殺者の遺族へのケアが、精神科の大きな問題になっています。自殺や未遂一件当たり、知人や家族などが最低五人は、深刻な精神的打撃を受けるといわれます。残された人は、驚がく、ぼうぜん自失、自責、抑うつ、不安、怒りなどさまざまな感情に圧倒されてしまいます。

 二次的トラウマ(心の傷)も深刻です。自殺されただけで非常に大きなトラウマを負っているのに、周囲の人からの何気ない一言がさらに傷を大きくします。例えば、配偶者を失った人に「まだ若いのだからもう一度結婚したら」とか、子どもを失った母親に、「ほかにも子どもがいるのだから、頑張って」とか。これらの言葉がたとえ善意から出たものであっても、愛する家族を失った人には非常な打撃になるのです。そして、うつ病、不安障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になる人もいます。

 自殺を予防する努力は確かに大切です。しかし残された人に対するケアも、深刻な問題になっていることをご理解ください。