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『働く人の100人に1人が心の病』
現代、働く人の百人に一人は、何らかの精神的治療が必要だといわれます。その一部を紹介しましょう。
◆パニック障害(不安神経症)
死の恐怖を伴う急性の不安、頻脈、手足のしびれなど自律神経症状を示す疾患で、有病率の高い病気です。例えば、仕事を精力的にこなしていたある男性(三十五歳、営業係長職)が、出勤途中の電車内で突然胸が苦しくなり、冷や汗が出て、「このまま自分は心臓発作で死ぬのではないか」という不安発作を体験。その経験から電車に乗れなくなりました。
この人は、職場の産業医や産業精神科医、心理相談担当者の適切な対応で治ることができました。最近は、抗うつ薬のSSRIという治療薬が効果を上げています。
◆強迫性障害
本人が不合理だと分かっているにもかかわらず、さまざまな強迫観念・行為が出てくる病気です。例えば「玄関のかぎをかけ忘れたのではないか」とか、「手洗いが足りないのではないか」と不安になり、何度もかぎの確認や手を洗うという強迫行為を繰り返します。
まず産業医や心理相談担当者が対応し、専門医と連携します。パニック障害同様にSSRIで治療効果が上がっています。
◆心気神経症
「自分は何かの病気ではないか」と不安を持つ病気です。例えば、ある男性(三十四歳、経理係長職)は母親の急死から三カ月後、腹痛の症状が続くようになりました。
配偶者や親の死は強いストレッサー(ストレスの原因)になります。殊に重要な人が突然に亡くなった場合、そのことを受け入れる心の喪プロセスがうまく進行せず、抑うつ症状や躁症状、病的な怒りが出たりします。喪失自体を事実として認めないこともあります。
このケースも職場の産業医、心理相談担当者から精神科医へと連携し、治ることができました。
◆うつ病(感情・気分障害)
うつ病にかかる人は職場でも決して少なくありません。主な症状は、気分が沈む、なかなか行動できない、悲観的な思考、孤立感、絶望感、自殺願望などです。
例えば、責任ある仕事に携わり毎日多忙なある男性(四十歳、課長職)は、ようやく仕事が一段落したころ、「仕事に自信がない、辞めたい」ともらし始め、不眠、食欲不振が続き、やせてきました。うつ病は、職場では特に変わった様子はなく、仕事もきちんとこなすため、心身の変調に気づかれにくいのが特徴です。
うつ病は、治療すれば短い人でおよそ一カ月間、長い人でも半年で、約八五%の人が完治します。しかし、うつ病は自殺の危険が伴うため、早期発見、治療が大切です。現在は業務上の過度の負担により精神症状が出た場合、労働災害に認定される場合もあります。
◆精神分裂病
分裂病は、治りにくいとか、異常行動などがイメージされがちですが、職域で見る分裂病は治りやすい人が多く、薬でコントロールしながら働く人もたくさんいます。
分裂病は、地域人口の百人に一人に起こる精神障害。症状は、急性期には幻覚や妄想、慢性期には「積極的になれない」などの意欲障害が目立ちます。最近は向精神薬で治る可能性も高く、リハビリテーションのためのデイケアや作業所もあります。正確な治療を行い、職域では本人の状態に配慮した仕事を与えることが大切です。
◆アルコール依存症(物質関連障害)
アルコール依存による障害では、遅刻、欠勤、無気力、能率の低下、対人関係の悪化など仕事に支障をきたすことがあります。また不安感、うつ症状、自殺願望などのため、精神科的治療が必要な場合もあります。多くの場合、入院して治療しながら酒害教育を行います。断酒会など自助組織への参加も必要です。
以上、職場で見られる心の病気を挙げ、その産業精神医学的対応などについてお話しました。