肥後医育塾公開セミナー

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平成12年度 第3回公開セミナー「増え続ける肺がん 予防と早期発見で」

【講師】
近畿大学医学部第四内科教授
福岡 正博

『「肺がんの診断と治療?現状と展望?」』
有効な検査や個別化治療も


   現在、日本における死因のトップは悪性腫瘍(がん)で、なかでも肺がんが一番多く、一九九八年から胃がんを抜いてトップです。

 肺がんは非常に治りにくい病気で、いったん肺がんになると、肺だけに生じたがんを手術で切除しても術後五年間生存する人は約半数、あとの半数は再発して亡くなります。また他の臓器に転移しやすく、そうなると五年生存する人は一%余りしかいません。  

 肺がんは大きく小細胞がんと非小細胞がん(腺がん、大細胞がん、扁平上皮がんなど)に分けられ、大半は抗がん剤や放射線が効きにくい非小細胞がん。従ってこれを検診でできるだけ早く見つけて手術することが、現在、最も早道の治療法です。  

 腺がんや大細胞がんは肺の末しょうにできやすいがんで、レントゲン写真やCTなどに写るため早期発見できます。扁平上皮がんはレントゲンに写りにくい場所にできるので喀痰(かくたん)検査で見つける方法がとられます。

 現在、増えているがんは腺がんです。一方で、たばこに最もかかわりがあって気管支の入り口に多い扁平上皮がん、若干減り気味です。それは日本で男性の喫煙率が減ってきたことも一つの原因かもしれませんが、最近では健康に配慮してフィルター付きや低タールなど軽いたばこを吸っている人が、深く吸引するため、肺の奥深い末しょうにできる腺がんが増えたのだという説もあります。  

 胸部レントゲン撮影による肺がん検診の有効性については、疑問視する声があります。しかしこの方法でも、肺がん死亡率を七二%に減らす効果があります。最近はヘリカルCT(らせんCT)が用いられるようになり、通常のレントゲン写真では全くとらえられないような非常に小さな肺がんが見つかるようになりました。こういうがんならほぼ百パーセント治ります。

 そのほか画像診断や確定診断に用いるものとして電子気管支鏡、また非常に早期のがん組織を確認する自己蛍光気管支内視鏡も開発されています。  

 肺がんの治療は、病期により治療法が全く異なるため、さまざまな検査を行って病期を決定します。最近ではPET(ポジトロン・エミッション・トモグラフィー)が注目されています。がん組織内で糖代謝が盛んになることを利用したがんの検索方法で、病期が正確に分かるため治療方針も決まります。  

 がんの治療には外科治療、放射線治療、薬物治療の三つの柱があります。

 外科治療は手術による切除です。肺がんでは胸を開けますが、最近は内視鏡を用いた外科切除が行われるようになり、傷も小さく入院日数も短くなりました。

 放射線治療は通常、体外から照射するため、正常な組織に肺線維症などの後遺症が出ることがあります。最近は腔内照射やラジオ・サージャリー(がんにだけ短期間に集中して照射する放射線を用いた手術)もあります。

  薬物療法で使用する抗がん剤は、副作用が強いので非常に嫌がられてきました。最近では分子標的薬剤という副作用の少ない薬ができています。まだ十分な評価が出ていませんが、二十一世紀の薬として期待されています。

 そのほか特殊な治療として、光線力学的治療(レーザー光線を用いた治療)、そして免疫療法がありますが、現在のところ有効な免疫療法は確立されていません。  

 二十世紀の治療は、抗がん剤などを用いていろんな臨床試験を行い、根拠に基づいた医療を行うものでした。EBM(エビデンス・ベイスド・メディシン=根拠に基づいた標準的治療)、すなわち治療の標準化ということが叫ばれたわけです。  

 ところが、前に述べました分子標的薬が開発されたことで、将来、個別化治療(オーダーメード治療)の可能性が出てきました。なかでも期待されるのは、がんの増殖因子を阻害する成長因子受容体拮抗剤です。個別化治療は個々の患者の遺伝子情報を調べそれに合った治療をするもので、遺伝子治療もその一つです。従来の抗がん剤とは全く違う仕組みでがんの成長を抑え、消していくので、副作用も軽く済みます。ただしこれは遺伝子情報を知ることですので、患者の十分な承諾が必要でしょう。しかし、今後大いに期待される治療法だと思います。