肥後医育塾公開セミナー

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平成11年度 第2回公開セミナー「公的介護と介護保険」

【講師】
(神戸市看護大学教授)
岡本 祐三

『基調講演 「介護保険と老人保健」』
画期的な予防給付の概念


   現在の高齢者は、一般的に以前に比べて知的、体力的に若く、その能力も向上しています。一九五〇年当時の年齢階級別死亡数を見ると、六十五歳以上で亡くなる人は全体の約三〇%で、八十五歳以上で亡くなる人は極めてまれでした。これが二〇〇〇年の予測数値では八〇%以上が六十五歳以上で亡くなることになります。一方、身体障害者数に六十五歳以上が占める割合を見ると、昭和四十五年の三三・六%が、平成三年では四八・九%と急増しており、長生きが可能になった結果、私たちは加齢とともに何らかの障害を抱えることを認識しなければなりません。
 介護保険制度で評価すべきは、予防給付の概念があることで、「現在は障害が発生しておらず自立しているが要介護のおそれがある」人を、「要支援」と認定する点です。介護給付に予防概念が入っているのは、おそらく世界初であり、非常に画期的なことです。
 今まで在宅の寝たきり老人の介護は、主治医や訪問看護婦が定期的に様子を見て、妻や嫁が世話をするのが一般的でした。しかし、老人介護は大変な負担を伴い、世話をする家族も高齢化して老々介護に至る悲惨な状況があります。そこで、寝たきりという障害状態には、医療と生活援助などの福祉を一体化させたサービスが必要なのだと分かってきました。
 それでは、介護保険の導入で実際にどんなことが行われるのか、私が関わった在宅介護を例に説明しましょう。
 公営住宅に住む七十代の男性が、寝たきりで妻の介護を受けています。妻は介護保険の申請を勧められ、在宅介護支援センターに相談に行きます。センターでは調査員の派遣を手配し、ケアマネジャー(介護支援専門員)への依頼を勧めます。ケアマネジャーは、介護プランを立てたり、諸手続きを代行してくれる人です。
 ケアマネジャーはさっそく、申請者の自宅を下見し、ここで介護が即必要だと判断すれば、認定審査会の結論を待たずしてサービスを受けることもできます。続いて市町村から申請を審査する調査員が派遣され、八十五項目のチェックのほか、特記事項などがあれば書き添えます。これに主治医の意見書、コンピューター判定を加えて最終認定がされます。
 認定審査会は医療、看護、福祉の専門家、学識経験者などで構成され、行政職員は含まれないのが特徴です。つまり中立公正な市民自治で行われることに意義がありますが、ここでルーズな判定をすると保険料アップになってわれわれ自身にはね返りますから、審査会には大変な責任があります。
 要介護と認定されると、ケアマネジャーは訪問看護婦、理学療法士、ヘルパーなどのスタッフを集めてケアプランを立て、利用者の了解を得て介護が始まります。相談者の夫はレンタルの電動ベッドで起き上がり、室内を改造して車いすで動けるようにします。いずれも介護保険が適用され、本人負担は一割です。座れるようになると食事もベッドでなく食卓で取ります。やがて行政の補助でバルコニーからスロープを作って車いすで外出できるようになり、最終的には歩けるまでに回復しました。
 次に施設の実情ですが、昭和四十年代に作られた特別養護老人ホームは病院風の殺風景なものでした。しかし、六十年代から居住性を重視するようになり、個人のスペースにも配慮がされるようになりました。着衣はパジャマからふつうの服に変え、食事も食事室に出向いて取り、ところによっては飲酒もできます。何よりも本人の意思を重視し、生活をエンジョイできるようになってきたのです。
 ところで、在宅にしろ施設入所にしろ、介護保険を申請しても認定されない問題が発生します。これに対し、市町村にはもとより高齢者福祉への責任があり、認定外の人にも代替サービスを提供するのは当然のことで、厚生省でもそのための予算を計上しています。
 今後、われわれは介護保険の予防給付を十分に使いこなし、市町村は行政責任として介護予防の事業をいっそう推進する。この二つが障害の克服と自立支援に欠かせないことを申し上げておきます。