肥後医育塾公開セミナー

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平成11年度 第1回公開セミナー「動脈硬化と心臓・血管病」

【講師】
(京都大学大学院医学研究科教授)
北 徹

『基調講演 「動脈硬化」はどの様にして起こる?』


   厚生省の統計情報部のデータによると、日本人の平均寿命は昭和二十二年に初めて男女とも五十歳を超え、以降の五十年間で世界に冠たる長寿国になりました。その理由として、かつて死因のトップだった結核や肺炎などが、公衆衛生の発達や抗生物質の普及などによって減ったことにあります。
 一方、食生活をはじめとする生活様式の欧米化に伴い、悪性腫瘍、脳血管障害、心臓病などの病気が増えてきました。中でも脳梗塞や心筋梗塞など血管に障害が起こる病気が、悪性腫瘍と並んで死因のトップを占めています。
 一般に、人の病気がなぜ起こるかというと、一つは遺伝的な要因が大きく、二つめに外部的な環境要因、三つめに生活習慣要因が挙げられます。
 よく、「わが家はガンの家系だ」「心臓が弱い」「脳卒中になりやすい」といったりします。しかし、それだけで病気になるのではなく、外的な環境要因が作用して初めて発症するのです。その原因に、いま話題の環境ホルモンなどがあります。
 それと、重要なのが生活様式の欧米化に伴う要因で、食生活、運動、喫煙、アルコールなどが挙げられます。これらが遺伝的要因と相まって病気を起こすのであり、その代表が動脈硬化です。ちなみに、わが国の食生活の変化を見ると、昭和三十年代と現在では摂取している総エネルギー量はそう変わりません。しかし、内訳を見ると脂肪の摂取量が倍で、しかも動物性脂肪が増えています。
 逆に減っているのは穀類や野菜類で、これらは食物繊維を多く含み、食塩やコレステロール、中性脂肪が腸管から吸収されるのを抑える作用があります。つまり昔は高脂血症、高血圧になりにくい食習慣があったのに、現在は動物性食品を多く取り、コレステロールが増える食生活になってしまったのです。
 動物性の脂肪には飽和脂肪酸とコレステロールが多く、たくさん食べることで血液中にいわゆる悪玉コレステロール(LDL)が増えます。このLDLを代謝する受け皿が肝臓にあるのですが、コレステロールを多く取っていると、肝臓の中の受け皿、即ち受容体が減っていって血液中にコレステロールが増え、それが血管にたまって動脈硬化になるという仕組みが考えられています。
 そのほか、どんな要因が動脈硬化に関連するかというと、まず高血圧が非常に高い危険因子で、脳血管障害、心筋梗塞の原因になります。脳出血の大きな要因でもありますが、塩分の多い食生活を改めることで減ってきています。
 次の原因が糖尿病。糖尿病がなぜ怖いかというと、糖尿病の患者の約四〇%が、脳血管障害や心筋梗塞、腎不全など何らかの血管合併症で亡くなっているからです。現在、四十歳以上の日本人の約一〇%が糖尿病だといわれ、二十年前に比べて三、四倍に増えています。
 次が高脂血症。これは、医者から高脂血症といわれて直ちに薬を飲まねばならないわけではありません。コレステロールには悪玉と善玉(HDL)があり、自分はそのどちらが多いのかを医者によく聞いて、治療の必要があるかどうかを決めることになります。
 米国の研究では、悪玉コレステロールが多いほど若年齢でも動脈硬化が促進されやすくなるという報告があり、逆にコレステロール値がさほど高くなくても、喫煙、糖尿病、高血圧などの要因が重なるほどに動脈硬化が促進されるとなっています。従って、それらの危険因子を少しでも排除することで、動脈硬化の促進を免れることができるといえます。
 動脈硬化は、血管の分かれ目で血液の流れがよどんでいるところに悪玉コレステロールがたまって起こります。しかし、善玉コレステロールが多いと、悪玉を掃除してくれて動脈硬化を改善します。最近では、そのように悪玉の値を下げる優秀な薬が開発され、効果は高齢者にも認められています。
 従って、自分が心筋梗塞や脳出血などの血筋だと自覚がある人は、先ほどの危険因子を少しでも減らす努力が必要だといえるでしょう。