【熊遊学(ゆうゆうがく)ツーリズム】
アリスもびっくり!「非アルキメデス的幾何学」のワンダーランド
先端の研究者をナビゲーターに、熊本の知の世界を観光してみませんか! 熊本大学を中心に地元大学の教授や准教授が、専門の学問分野の内容を分かりやすく紹介する紙上の「科学館」「文学館」。それが「熊遊学ツーリズム」です。第20回のテーマは「非アルキメデス的幾何学」。さあ「なるほど!」の旅をご一緒に…。 取材・文/宮ア真由美 |
【はじめの1歩】 |
古代ギリシャの数学者、アルキメデスは知っていても、「非アルキメデス的幾何学」などというものは初耳です。アルキメデス的ではない数学とは、一体どんなものなのでしょうか? 数式を示されても、おそらくチンプンカンプンでしょうが、それを言葉で説明してもらうとしたら、どのような表現が飛び出してくるのか? 未知への好奇心いっぱいで取材に臨みました。 |
Point1 「非アルキメデス的幾何学」とは? |
数学の3本柱と言われる「代数学」「幾何学」「解析学」のうち、代数学は数(または数などを表わす記号)を、幾何学は図形(空間)を、解析学は関数を扱う学問です。しかし最近では、それらの境界はあいまいになってきています。「代数幾何学」という分野は、空間を理解するのに代数的な手法を使うか、逆に代数を理解するのに空間を使うという学問です。この代数幾何学をさらに細かく分けると「数論幾何学」という分野があります。 |
Point2 研究者は、日本にわずか20人未満 |
例えば、「ユークリッド幾何学」と「非ユークリッド幾何学」というのがあります。ユークリッドも数学者で、アルキメデスよりも少し早い世代の人物。彼は、平面上の幾何学を確立したといわれています。それに対して、曲面上の幾何学を扱ったのが「非ユークリッド幾何学」で、“三角形の内角の和は180度≠ニいうようなユークリッド幾何学の常識は通用しません。非ユークリッド幾何学は、200年弱前に出てきた新しい学問で、100年後にアインシュタインの一般相対性理論の基礎に応用されました。 |
Point3 円の直径が、半径よりも小さい? |
(図)非アルキメデス的幾何学上の円の交わり方
私たちは「数」を、物の個数や長さなどの「量」や「距離」を表わす尺度として使います。しかし、非アルキメデス的幾何学では、量や距離の考え方を解体しなくてはなりません。例えば、1/3は0.3333……と小数点以下3が無限に続きますが、私たちは数と見なしています。では、「無限に大きな数の場合も、数として考えられないだろうか」というのが、非アルキメデス的発想。「ケタが増えれば増えるほど小さくなっていく」という新しい量や距離の概念(以下、距離の概念とします)を導入すれば、数と見なせるのです。 |
Point4 加藤教授らによって進む基盤作り |
図形(空間)を扱う学問ともいえる幾何学にとっては、距離は決定的に重要ですが、その距離の定義や性質が変わると幾何学が根本的に違ってきます。また解析学では、関数の極限という概念がありますが、距離の定義や性質が変わるとそれも根本的に変わります。しかし、代数学は記号を扱う学問なので、距離の概念は最初から含まれていません。だから、代数を機軸にして幾何や解析を考えれば、距離の概念を取り替えても数学として成り立ちます。また、むずかしい数論の問題を、幾何(図形)や解析(関数)を使ってアプローチすることで、意外な解決法が見つかることがあります。「このブレンド性に、数学が進歩発展できる秘密があるのではないか」と加藤教授は考えています。 |
【なるほど!】 |
「正しい解答は美しい」と、加藤先生は数学の美しさについても語っていました。新しい分野での基礎付けは、地味ではありますが、その学問にとっての命綱づくりともいえる取り組み。美しい基盤作りが期待されます。 |
【メモ1】 宇宙の砂を数えたアルキメデス |
その昔、アルキメデスは『砂の計算者』という著書の中で「宇宙空間に存在する砂粒の数は、どんなにたくさんあろうと無限ではない。1粒ずつ数えていけば必ず数えられる」という発想をしています。つまり、アルキメデス的距離の概念は、「1をどんどん足していけば大きくなっていき、必ずある数に到達できる」という直観的なものです。 |
【メモ2】 和算と西洋数学の違い |
西洋では、数学の創始者と言われるピタゴラスをはじめとして、プラトン、ライプニッツ、デカルトなど、ほとんどの数学者は哲学者でもありました。一方、日本では、関孝和をはじめ建部賢弘、吉田光由など和算家は大勢いましたが、哲学者はだれ一人いませんでした。当時の思想家たちは、和算家を「彼らには思想がない」と言って軽蔑していたほどでした。つまり、和算と西洋数学では、学問としての性格がまったく違っていたと考えた方がいいようです。 |
【メモ3】 難問を解く新しい数学 |
「数論」と呼ばれる分野には、世界中の数学者が証明を競う難問が数多く存在します。有名なのが、1994年にアンドリュー・ワイルズが解決した「フェルマーの最終定理」です。この定理そのものは簡単に理解できるのですが、これを証明するのが非常にむずかしく350年以上もかかりました。 |
ナビゲーターは |
非アルキメデス的幾何学では、常識が非常識に、非常識が常識になり、すべてが逆さまです。 |