すぱいすのページ

「あれんじ」 2012年7月7日号

【四季の風】
第18回 麦の秋

 「麦の秋」とは、麦熟るる頃をさす季語で、五月から七月ごろのことをいう。「麦の秋」は「麦秋(むぎあき)」あるいは「麦秋(ばくしゅう)」ともいうが、それぞれいい語感だ。私は長い間俳句を作っているが、これは若い頃はさほど気にとめなかった季語だ。しかし最近、年とともに好きにな
った。小津安二郎に「麦秋」という映画があるように、どこかからりとして淡白な味わいのあることばである。
 麦秋という季節を感じるにはやはり、金色に熟れた一面の麦畑とそれを渡る風を思えばいい。故郷のような景色とむせるような麦の熟した色と匂いの中に、どこか生の終わりの予感がする。私は、麦秋の景を思っただけで、成熟から凋落(ちょうらく)への予感の切ない思いで胸がいっぱいになる。

麦秋の濁りそめたる大河かな 岩岡中正

金色(こんじき)の鳥ひそみゐる麦の秋 中正

 また、この麦秋のころは、母よりも父のことを思う。父の人生と自分のそれとを重ね合わせてみるからなのかもしれない。

麦秋のしきりに父の恋しき日 中正

さらに私は、麦秋といえば旅のことを思う。薄暑のこの季節は旅にふさわしいし、旅行く人は旅に人生を重ねてみるものである。

麦の秋眦(まなじり)あつくして歩く 中正
麦秋の身の内冥(くら)きまで旅す 〃

 最後に、柳川への小さな旅の句。しみじみと麦秋の水を見てきた旅であった。
麦秋のひとり旅こそよかりけり 中正

もの思へとや麦秋の水のいろ 中正