肥後医育塾公開セミナー

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平成29年度 第2回公開セミナー「正しく知ろう乳がんのこと」

【講師】
熊本大学医学部附属病院 乳癌分子標的治療学寄附講座特任准教授
指宿 睦子(いぶすき むつこ)

『講演@ 乳がんは遺伝するの?』
受け継いだ遺伝子とともに「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」


   乳がんの発症には、エストロゲンとプロゲステロンという2種類の増減する女性ホルモンや生活習慣(肥満や過度の飲酒・喫煙)、それから生まれつき受け継いだ遺伝子(DNA)が関係しているとされます。成長し生活していく過程で、こういったさまざまな原因により遺伝子が傷つき、その細胞ががんに変化することもあります。
 いっぽう、人間の体には遺伝子の傷を修理し、がんが発生しないようにする仕組みも備わっています。乳腺や卵巣の修理を得意分野とするのが、「BRCA(ブラカ)」と呼ばれる分子です。ただ、受け継いだBRCA遺伝子に変化があり、うまく機能しない状態ならば、がんの発生を止められません。
 この場合、比較的若い30歳前後から乳がんを発症し、同じ乳房の中に複数のがんができ、少数ですが男性でも乳がんになります。また、卵巣がんも比較的若い40歳ぐらいから発症します。乳がんは通常の6〜12倍、卵巣がんは8〜60倍なりやすいといわれます。これを「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」と呼んでいます。
 乳がん患者さんの20人に1人はこのHBOCにあてはまります。また、これ以外の原因でも「家族性」と呼ばれる乳がんになりやすい方が2人程度はいます。私は、意外と多いと感じています。
 BRCA遺伝子の変化は、「遺伝子検査」をすれば判明します。実際の検査は簡単で、ごく少量の採血で分かります。ですが、これは、本人にも家族にも関わってくる、とても大事なことです。医師が遺伝の可能性を判定し、カウンセラーと共に遺伝子検査のメリットとデメリットを説明し、その後の対処についても支援します。そして十分に検討した上で、検査を受けるかどうかを決めてもらいます。
 ところで、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんには、身近な親族に多くの乳がん患者さんがいます。そのため遺伝子検査を受ける決意をされ、BRCAの「変化あり」と分かりました。アンジェリーナさん自身は乳がんを発症したわけではなかったのですが、予防のために乳腺や卵巣を切除されました。ここ熊本で乳腺の切除を希望された場合でも、乳房の再建技術の発達により、かなりきれいな乳房に仕上がるようになっています。
 乳がんや卵巣がんの予防手段は、「切除だけではない」ということも知っていただきたいと思います。服薬による予防、早期の検診(18歳ごろから自己検診、25歳から乳腺の画像診断を受ける)も推奨されています。
 その一方で、遺伝相談や遺伝子検査、予防的措置に対しては、まだ保険診療が認められていません。法律の整備も課題です。しかしながら、厚生労働省は2015年から日本におけるHBOCの現状調査を支援しています。今年10月には、医療者の教本となる「HBOC診療の手引き」が刊行されるまでに至っています。
 HBOCについて皆様に広く知っていただき、HBOCに関する診療が近い将来に日常的なものになるよう期待しているところです。