【講師】 |
『日本の緩和医療の現状と今後の展望』
「全人的苦痛」和らげる 小児がん患者に配慮も
平成19年、私たちは厚労省研究班の下、日本におけるがん緩和ケアの道筋としてグランドデザインを作成しました。これに基づき、全国のがん診療連携拠点病院と緩和医療学会で実践されている緩和医療と、今後の展望などをお話しします。
私が初めて緩和ケアに携わった20数年前は、痛みで苦しむ患者さんを前にしても、どうにもならないことがありました。モルヒネに代表される鎮痛薬は、まだあまり普及していませんでした。
その後の数年で、その状況はガラリと変わりました。転機となったのは、WHO(世界保健機関)が緩和ケアを「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者らに対し、痛みや心理、社会的問題などさまざまな問題の予防や対処を通じて、生活の質を改善するための手法」と定義したことです。日本全国にもそれは広まっていきました。
モルヒネ投与はかつて、終末期のがん患者が受けるケアと考えられていましたが、現在は、疾患の早期から行うべきだとされています。誤解している方もおられるようですが、がんの痛みに使用している限り、医療用麻薬で中毒になることはありません。科学的にも証明されています。
このWHO方式により、現在は、がんの通常の痛みはだいぶ緩和されました。しかし、苦痛は肉体的なものに限りません。不安や孤独感などの「精神的苦痛」、家族間の問題から来る「社会的苦痛」、また、死への恐怖や人生の意味を問う「スピリチュアルな苦痛」などさまざまです。こうした「全人的苦痛」に対処できてこそ、本当の「緩和ケア」と言えます。
しかし、「全人的苦痛」のケアは主治医1人でできるものではありません。精神科医、看護師、ソーシャルワーカー、薬剤師ら多くの協力が不可欠です。各人がそれぞれの役割を果たしていくことで継ぎ目のない継続的なケアを提供できます。つまり、チームケアが求められます。それは理想的なケアを目指そうといったものでなく、患者さんがもともと欲していたことでした。
このニーズを後押ししたものの一つが「緩和ケア診療加算」です。チームを形成してケアに当たると「診療報酬点数」が引き上げられるようになったのです。緩和ケア推進に追い風になりました。
また、3年前にはがん対策基本法が制定され、がん治療は治癒や延命だけでなく、痛みなどの緩和を早期から適切に行うように―といった指導が法律で明確化されました。緩和ケア医の育成も本格的にスタートしました。
がんは治療面における進歩もさることながら、緩和ケアでも昨今、大きな成果を挙げています。県内でも熊本大学付属病院をはじめ、緩和ケアが充実し、皆さんも安心してケアを受けられ、心強いことと思います。
私たち厚労省研究班も、緩和ケアのガイドラインづくりや教育、研修、人材育成に力を注いでいますが、中でも画期的な取り組みとして、小児がん疼痛(とうつう)治療ガイドラインを作成しました。小児のがん患者は決して“小さい大人"ではありません。小児特有の症状に、特別な配慮が必要です。そのほか、がん患者への輸液や呼吸困難、頻尿、尿もれなどの泌尿器症状など、痛み以外に関するガイドラインも待ち望まれています。そうした専門性の高い緩和ケアガイドラインの整備を進めることで、緩和ケアの知名度アップにも貢献できればと思います。