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2009年 「まいらいふ」8月号

骨髄異形成症候群
「骨髄異形成症候群」は聞き慣れない病名だと思います。「骨髄」は骨の内部にあり血液の細胞を造る造血組織、「異形成」は造血に異常があることを意味し、単一の病気ではないと考えられているため「症候群」と付いています。実は比較的頻度が高く、10万人あたりの年間発症率は2?3人以上。熊本県では毎年50人前後の方が発症する計算になります。高齢者に多いため年々増加しています。今回は、良い治療法がなく難病とされてきた骨髄異形成症候群とその新しい治療法を紹介します。

造血の仕組み

 血液中には赤血球、白血球、血小板の三種類の細胞が流れています(図1)。これらの細胞はみな骨髄で造られます(図2)。再生医療で幹細胞という名前を聞いたことがあるかと思いますが、骨髄には「造血幹細胞」があり、これら三種類の血球を造ります。骨髄の中で造血幹細胞から生まれた未熟細胞が成熟細胞へと姿を変え、血液へ出てきます(図3)。造る血球の数は造血因子によって精妙に調節されています。


血液細胞の働き

 血球は三者三様の役目を担っています。赤血球は全身へ酸素を運ぶ役目です。血液中の酸素濃度をモニターしている腎臓の細胞で作られるエリスロポエチンという造血因子が、赤血球の産生を促します。酸素濃度を保つために、赤血球の産生数を調節するフィードバック機構が備わっているわけです。血液透析をされている方が貧血になるのは、腎不全のためにこの因子が作れなくなるからです。エリスロポエチンは熊本大学医学部第二内科(血液内科)の宮家博士が世界に先駆けて見つけて薬を開発しました。今では、透析患者さんも輸血ではなく、エリスロポエチンの注射で貧血を回復させることができます。
 白血球は細菌やウイルスと戦う細胞で、主に感染症の時に動員されます。血小板は出血を防ぐ細胞です。けがなどのときに血管の破綻部をふさぐのが血小板です。血小板の産生を促すトロンボポエチンは、肝臓で作られます。肝硬変ではその産生が低下しますので、血小板数の減少が病状の指標となります。逆に、血小板が過剰に凝集すると血栓を作り脳梗塞(こうそく)や心筋梗塞を起こします。血小板の働きを弱めるバイアスピリンは血栓症の予防薬です。


どんな病気?

 英語ではMDSと略される骨髄異形成症候群は、骨髄での造血がおかしくなる病気です。骨髄では血球を作ろうとするのに正常に作れなくて血液中の血球が減少します。「無効造血」と表現されますが、異常な形の細胞がみられ、「異形成」と呼ばれるゆえんです。一血球とは限らず、三血球とも減少したりしますので、造血幹細胞の異常です。原因はまだよく分かっていません。被爆者や、がんで抗癌剤や放射線治療を受けた方に多く発症しますので、造血幹細胞の遺伝子に異常が生じて発症すると考えられています(図3)。その証拠に、この病気の骨髄細胞では遺伝子の集まりである染色体の異常が少なからず見つかります。遺伝子の異常は、健常者の正常細胞でも複製の際にある頻度で生じますが、修復されたり、排除されたりして正常に保たれています。加齢でその修復機能が衰え、他方で遺伝子異常が起きる頻度が増加した場合に、その異常が集積されて発症すると考えられます。



症状

 子どもにもまれに発症しますが、多くは50歳以上の中高年で、なぜか男性に多い病気です。血球の減少による貧血、感染症および出血が主な症状です(図3)。血球減少が進行すると、赤血球と血小板は輸血による補充が必要です。しかし、長期の輸血は負担も大きく、副作用もあり、効果も乏しくなって脳出血などを起こしやすくなります。白血球は輸血ができない細胞ですので、感染症が大きな問題となります。通常、肺炎に簡単にかからないのは白血球が菌から守ってくれているからです。ところが、白血球が著しく減少すると感染症を合併しやすく、また治りにくくなり肺炎などが致命症となります。
 骨髄異形成症候群は長い年月にわたって緩やかに進行し、血球減少が進んで行きます。ある時期が来ると、比較的高頻度に急性白血病へ移行します。この場合は、最初から白血病を発症した場合よりも治療が効きにくいことが分かっています。


これまでの治療

芽球と言われる未熟細胞が多いほど白血病へ移行するリスクが高くなります。芽球が少ない低リスクの患者さんでは進行も緩やかで、輸血などの補助療法が主に行われます。高リスクの患者さんでは白血病に準じた抗癌剤治療が行われます。しかし、その効果は乏しく生命予後は不良です。唯一、造血幹細胞移植が根治的な治療法です。移植は一般的には55歳以下で可能な治療ですので、残念ながら、年齢的に多くの方で実施ができません。


新しい治療法

 長年にわたる輸血は、赤血球に含まれる鉄分が体内で過剰となって各臓器に沈着し、心不全や肝障害などを起こします。昨年、日本でも経口の除鉄剤が認可され、長期間安全に輸血を行えるようになったことは朗報です。
 低リスクの患者さんでは、一部の方に免疫抑制剤が奏功することが分かりました。免疫抑制剤は、骨髄での血球産生が著減する「再生不良性貧血」の治療に使われています。骨髄異形成症候群は再生不良性貧血とも移行があり、同じ治療法が有効な方がいるわけです(図4)。
 低リスクの中に、5番目の染色体の一部が欠失した5q欠失症候群という亜型があります。中年女性に多く、症状が貧血だけという特徴があります。このタイプにレナリドマイドという薬がよく効くことが分かってきました。レナリドマイドはサリドマイドの改良薬で、後者の催奇形性を軽減したものです。米国の治験では5q欠失症候群の67%で輸血が不要になるという高い有効率を示しました。
 高リスクの方にも新しい薬が開発されつつあります。脱メチル化剤のアザシチジンという薬です。メチル化は、遺伝子DNAがRNAへ読み取られるのを阻止するという遺伝子調節の仕組みの一つです。骨髄異形成症候群の細胞では遺伝子の過剰なメチル化が高頻度に観察されていました。脱メチル化剤はそのメチル化を解除して遺伝子の働きを戻す薬です。欧米の治験では40%以上の高リスクの方で血球減少が回復して輸血がいらなくなり、生存率が改善しました(図5)。日本でも治験が進行中で、早ければ来春にも認可される予定です。


今後の治療

 これまで治療薬がなかった骨髄異形成症候群に対する新薬が次々に開発中です。しかし、奏功率や長期の有効性という点ではまだまだ不十分です。レナリドマイドもアザシチジンも臨床の現場で有効性が見つかった薬です。どちらも分子標的治療薬ですが、どの分子に作用して効くのかまだ分かっていません。なぜ効くのかが解明されると、より有効な薬が誕生するのではないかと期待されます。


熊本大学大学院
医学薬学研究部
血液内科学分野
准教授

麻生範雄