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2009年 「まいらいふ」4月号

変形性膝(しつ)関節症
今月からスタートする「発信! 医療の今」。さまざまな医療の最新情報を、それぞれの専門家が紹介します。第1回目の今回は、50歳以上の実に3分の1の人がかかるといわれている整形外科の病気「変形性膝関節症」を取り上げます。

はじめに

変形性膝関節症(膝OA)とは、ひざ関節の軟骨が変性して磨耗することで起きる病気で、徐々に進行します。高齢者の骨や関節の病気の中で最も多く、50歳以上の約30%、つまり約1000万人の日本人が、膝OAにかかっていると推測されています。
 大半の膝OAでは、骨折などの明らかな原因は見当たりません。加齢と関係があり、女性では50歳代から、男性では60歳代からひざ痛などの症状が現れ始めます。女性の方が4〜5倍多く、肥満は危険因子です。


軟骨変性の進行

 図1のように、関節は骨、軟骨、滑膜(かつまく)、関節包などからできています。軟骨の厚さは2〜4 ミリで、コラーゲンなどの線維性分子からなる基質と呼ばれる組織中に軟骨細胞があり、新陳代謝を行っています。
 上で“軟骨の磨耗”と述べましたが、これは、機械的なストレスに加えて、軟骨基質が壊れることで軟骨細胞の代謝に異常が起きるためと考えられています。軟骨細胞自身が、基質の成分分子を分解するタンパク質分解酵素をより多く産生し、逆にその分解酵素を抑える阻害タンパク質を産生しなくなるために、周囲の基質が壊れ、軟骨細胞の代謝はさらに悪くなって、ついに死に至るのです(軟骨細胞性軟骨破壊)。また、壊れた軟骨の破片が滑膜に取り込まれて滑膜の炎症が起き、そこでもタンパク質分解酵素などが産生されて、軟骨の破壊を進行させます。

レントゲン像(図2)
 レントゲンで見ると、軟骨が摩耗したところ(多くは内側)で関節のすき間が狭くなり、軟骨が消失するまで進むとすき間が見えなくなります。弾力性がなくなるために、荷重がかかる下の骨は硬くなり、関節面はギザギザになって、後述する変形がひどくなります。


症状

1 痛み
 荷重や運動で起こります。初期では、運動を始める時に痛みがあるのが特徴です。立ち上がった時や歩き始めに痛みが起き、いったんなくなりますが、長時間歩くうちに再び痛みだします。階段や坂道で、下りる時に痛むこともよくあります。痛みの多くはひざ関節の内側に起き、病期が進行すると、歩行時に常に痛みを感じ、歩行が障害されます。


2 関節の動きの制限
 初期には正座がしにくい程度で、関節の動きはあまり障害されませんが、病期の進行に伴いひざの伸びや曲がりが悪くなります。


3 関節の腫れ
 滑膜の増殖や関節包の肥厚、さらには関節内に関節液がたまることで、関節全体が腫れてきます。

4 変形
 関節面が変形すると、ひざや脚の外観も変形します。日本人では、内側の膝OAが多く、内側の軟骨が摩耗するので内反膝(ないはんしつ)変形(いわゆるO脚)になります。すると体重がひざの内側にかかり、さらに内側が摩耗するという悪循環に陥ります。


5 膝の不安定性
 関節の変形でひざが不安定になると、歩行で足を接地して体重をかけた時に、ひざが急に外側に移動し内反(O脚)がひどくなる現象がみられます。


治療

 まずは保存的治療(手術以外の治療法)が行われます。
【保存的治療】
 病気に関する教育と日常生活の指導、薬、装具、物理療法、そして運動療法があります。患者さんの状態に応じ、個別の治療方針を立てることが必要です。



1 病気に関する教育および日常生活指導
 私たちは、患者さん自身に病態や治療について十分知ってもらうために繰り返し説明を行います。また、正座やあぐら、階段の昇り降り、長時間の歩行や起立などを避け、つえも使用して、ひざの負担を軽くするよう生活指導をします。ひざの保温を勧め、肥満に対する栄養指導や減量指導も行います。


2 薬物療法
 内服薬、外用薬、関節内注入薬があります。内服薬では、痛み止めとして非ステロイド系消炎鎮痛剤が使われますが、上部消化管(胃や十二指腸)の障害や腎臓の障害などの副作用に注意が必要です。外用剤では、消炎鎮痛薬を含んだ軟膏(なんこう)剤や湿布剤が使われます。関節内注入薬としては、ステロイド剤やヒアルロン製剤が用いられていますが、ステロイド剤には、ステロイド関節症の危険性もあるので、慎重に投与します。



3 装具療法
 装着が簡単で廉価な「楔(くさび)状足底板」が普及しています。異常な関節の運動を防止してひざを安定させるための「継ぎ手つき装具」なども用います。


4 物理療法
 ホットパックや超短波などの温熱療法が一般的です。


5 運動療法
 下肢(かし)を上に上げる「大腿四頭筋筋力訓練」は効果があり、進行した患者さんにも除痛効果があると報告されています。ひざ関節の可動域拡張訓練やひざ屈筋のストレッチ運動も行います。歩行やエアロバイクなどの有酸素運動も有効とされています。


【手術的治療】
 保存的治療で十分な効果が得られなかった場合には手術による治療を検討します。手術的治療には、「関節内洗浄・関節鏡視下デブリドマン」、「骨切り術」、「人工関節置換術」があり、年齢、重症度、合併症などを考慮して手術法を選びます。



1 関節内洗浄・関節鏡視下デブリドマン
 関節鏡を用いて、関節内を洗浄したり、変性して断裂した「半月板」という組織を取り除いたりする手術です。手術が及ぼす体への負担が小さいのが特徴で、初期の方では症状の改善が十分期待できます。


2 骨切り術(図3)
 50〜60歳代の比較的日常の活動が盛んで、内側型で内反変形(O脚)になっているか、逆に、外側型で外反変形(X脚)になっている方が対象となります。内側型を例にとると、内側に病変が限られているか、もしくは外側と膝蓋(しつがい)大腿関節の変形の程度が軽く、ひざの動きが、完全に伸びた場合を0度とすると、ひざの伸びが15度以内で、かつひざの曲がりが90度以上可能な方が対象です。体重がかかる中心線(荷重線)を軟骨が残っている外側関節面に移動させる目的で、脛骨(けいこつ)(ひざのすぐ下の大きい方の骨)の近位部(ひざに近い方)で骨切りをし、内反膝を外反膝に矯正する「脛骨骨切り術」を行います。手術後のレントゲン写真に見られるように、大きな矯正の場合には、角度の調節のために、腓骨(ひこつ)(小さいほうの骨)の一部を切除します。矯正が適切にできれば10年以上にわたって良好な状態が維持できます。

3 人工関節全置換術(TKA)(図4)
 変性が関節全体に及び、年齢が65〜70歳以上であれば、TKAを選びます。人工関節にすると確実に痛みはなくなるし、術後の治療も短期間ですみます。手術後の膝の曲がりは通常120度程度可能なので、洋式の生活は十分にできます。最近では、9割を超えるケースで、10年以上にわたって良い効果が持続できるようになってきています。


熊本大学大学院
医学薬学研究部
運動骨格病態学分野

講師
中村 英一