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高病原性トリ型インフルエンザと新型ヒトインフルエンザについて

熊本大学大学院 医学薬学研究部 微生物学分野 岡本竜哉、赤池孝章

 最近、東南アジア諸国でトリ型のインフルエンザウイルスのヒトへの感染が問題になっています。そもそもインフルエンザは、大変強力な伝染性を持っており世界的大流行を起こすことが知られています。歴史的には、20世紀初に流行した「スペインかぜ」、20世紀半ばの「アジアかぜ」に引き続き、現在は「香港かぜ」と「ソ連かぜ(ロシアかぜ)」と呼ばれるインフルエンザが流行しています。
 ウイルス学的には、インフルエンザウイルスは8個の分節したRNA遺伝子を持っており、その抗原性(抗体を作る性質、つまり免疫を作る元になる物質)の違いによりA型、B型、C型に分類されます。この3つのインフルエンザウイルスのうち、A型はウイルス抗原性が周期的に変わり(抗原性の周期的変異)、しばしば大規模な流行を起こしてきました。
 というのは、A型インフルエンザは、他のインフルエンザウイルスには認められない不連続変異と呼ばれる極端な抗原性の変化を来すことが知られています。これは違った亜型(良く似た形の同じ種類)どうしのウイルス遺伝子の入れ替えによるものであるといわれており、その結果突然それ迄とは全く異なった別の亜型に置き変わってしまいます。例えば、「スペインかぜ」はH1N1と言うインフルエンザウイルスであり、「アジアかぜ」はH2N2で、現在の流行株はH3N2とH1N1という亜型が流行しています。HとNという記号は、ウイルスの表面に付いているスパイク状の蛋白の略号で、ヘムアグルチニン(H)はウイルスが宿主の細胞に付着して侵入していく過程で必要なもので、ノイラミニダーゼ(N)は、細胞で増殖したウイルスがその細胞から放出される際に作用します。
 さらに、同じ亜型のウイルスであってもHやNの抗原性は少しずつ持続的に変化していくことがわかっています。抗原性が変化すると、生体は免疫反応を介してその都度異なった抗体を作らなければなりません。あらかじめワクチンなどで免疫されていないと容易にインフルエンザにかかってしまい、さらにはヒトからヒトへの空気感染が蔓延し世界的な大流行をもたらすわけです。

 ところで、2003年以来、東南アジアを中心とした地域で、トリの間で高い病原性をしめすトリ型インフルエンザが深刻な被害をもたらしています。このウイルスはH5というヘムアグルチニンを持っていますが、これは現在までヒトの間で流行してきたいずれのウイルスにも認められない亜型です。H5型のヘムアグルチニンは、その他のヒト型のH1、2、3などと違って体内のどの場所(臓器)でもウイルスを細胞内に侵入させる力を持っているため、一度体内で増殖し始めると上気道(鼻腔、咽頭、気管)だけでなく、下気道(肺)やその他の臓器(脳、肝)でも増殖し、重い症状をもたらすことがあり得ます。そもそもH5型は、トリだけでなくブタなど幅広い宿主(動物)に感染しますが、基本的にはそれぞれの亜型で比較的“なわばり”を決めており、仮にトリからヒトへ感染が起こったとしてもその感染力は弱いと考えられています。しかし、まれではあるものの、トリからヒトへの感染は、ベトナム、タイ、中国、インドネシアなど数カ国において報告されています。2008年9月現在、WHOに報告された感染者数は387例、死亡者数は245例(63%)にのぼっています(参照*)。最も危惧される、ヒトからヒトへの感染に関しては、家族内での小集団発生事例において、濃厚かつ密接な接触によると推定される感染例が何例か疑われてはいるものの、現在のH5N1亜型ウイルスが、トリ?ヒト感染をおこす状態から、さらに進んで、ヒト?ヒト感染伝搬能力を獲得し、ヒトの間で大流行(パンデミック)をもたらすまでには至っていないのが現状と考えられています。今後、トリ型のウイルスが何らかの変異を起こしてヒトでもよく増えるような、いわゆる新型ヒトインフルエンザウイルスに変化した場合、世界中で猛威を振るう可能性があるとも言えます。
 この様な深刻な事態を防ぐ方法として、新型のウイルスの流行を限られた地域に封じ込める努力とワクチンの開発・製造が考えられます。特にワクチン開発は今後の最優先課題になるといえます。
 しかし、たとえこの様な新型インフルエンザに感染したとしても、ある程度治療効果の認められた抗ウイルス薬が開発されていますので、私たちが全く無防備であるというわけではありません。それにしても近い将来、大流行がもたらされる可能性もあり、これまで以上にインフルエンザ流行への対策が講じられることが強く望まれます。


*参照:http://www.who.int/csr/disease/avian_influenza/country/en/