熊本大学准教授発生医学研究センター 粂 和彦
急増する「眠い眠い病」
睡眠の悩みというと、眠れないことだと思われがちです。実際、一昔前までは相談の多くが不眠症でしたが、最近、若い人を中心に「日中眠くてしかたがない」、「眠くて朝起きられない」という悩みが増えています。24時間稼動する多忙な社会になり、睡眠時間が短くなったことが原因です。この30年で、日本人の平均睡眠時間は1時間以上短くなりました。そして必要な睡眠が確保できず、睡眠不足で眠いという悩みが増えたのです。また肥満傾向が進み、病的な眠気をもたらす睡眠時無呼吸症候群が増えたことも一因です。
同じ傾向が世界中の先進国で見られますが、特に日本では中高生以下の若い人の睡眠時間の短縮が激しく、中学生の睡眠時間は世界一短いと言われます。教育制度や文化、携帯電話の普及の影響が大きく、実は台湾・韓国も似た状況です。受験生の間には「四当五落」と言って4時間睡眠で頑張ると受かるが5時間では落ちるというトンでもない迷説も作られました。たとえ4時間で頑張れる日があったとしても、平均4時間では身体に悪影響が出ます。また眠気と戦いながら勉強しても効率は上がりませんし、科学的にも深い睡眠を取らないと学習が定着しないことがわかっています。短時間の昼寝なども組み合わせ、上手に睡眠を取ることこそ合格への道です。
このように中高生の半数以上が睡眠時間が足りないと訴えていますが、驚くことに小学校低学年でさえも3割以上の子がもっと眠りたいそうです。また逆に、寝不足で眠い子が増えたために、眠気がひどくなる本当の病気の子が見落とされやすくなっています。居眠りが多いのに加えて、大笑いした時に膝や腰の力が抜ける、金縛りがよくある、いびきがひどいなどの場合は、中高生に発症することが多いナルコレプシーや子どもでも睡眠時無呼吸症候群という病気の可能性があり注意が必要です。
もっと深刻なのは、就学以前の子どもたちも親の生活習慣に引きずられて、遅寝と睡眠不足が増えていることです。3歳未満で夜10時以後に眠る子も増え、睡眠不足が脳の発達に悪影響を与えて三角形がきちんと書けない子が増えたという調査研究もあります。睡眠の重要性を見直すべきです。
眠りを制御する二つの要因
眠い場合は、睡眠時間を確保するのが当然一番良い対策です。とはいえ受験勉強や部活、大人なら仕事の時間を削るのは難しく、なかなか長い睡眠時間は取れません。そうすると限られた時間にぐっすり良く眠ることが重要ですから、眠い人も、眠れない人も、良い睡眠の取り方を知ることが大事です。
良く眠るためには、「良い眠気」が必要ですが、眠気を調節するいろいろな仕組みの中で、以下の二つが重要です。
一つ目は「日中の活動」です。起きて活動しているとその間に眠気が貯まり、眠ると減ります。寝坊や昼寝でも眠気が減ります。難しい言葉ですが恒常性維持機構(ホメオスターシス)と呼ばれる仕組みです。この仕組みで、睡眠不足が続くと眠気が強まり早く長く眠るようになりますし、休暇で長く眠る日が続くと、あまり眠れなくなり、だいたい一定の長さの睡眠が確保されるようにできています。
二つ目は「身体のリズム」で、体内時計が24時間のリズムを刻み、起きている時間帯をなるべく一定に保ちます。この仕組みのおかげで、徹夜をしても翌朝になると目が覚めてきます。また体内時計を最も実感するのは、海外旅行の際の時差ボケです。飛行機で外国に着くと、すぐに腕時計を現地の時間に合わせます。ところが、身体の時計はすぐには合いません。せいぜい1日1?2時間しかずらせないので、現地の夜になっても、体内時計は日本の昼のままで寝つきが悪くなり、昼にひどく眠くなったりします。
眠気のリズムには大小の波があります(図1)。小さな波は1?2時間周期で繰り返します。大きな波は1日2回で、午後と深夜に眠気が最大になります。昼食後に眠くなるのは食事のせいよりもリズムの影響が大きいため、昼食を抜いても眠くなります。逆に1日2回、午前中と夜に眠気が弱くなる時間帯があります。特に夜の方は大切で、普段眠る時間の約2時間前からは、眠気が弱まります(覚醒維持帯、又は睡眠禁止帯と呼ばれます)。いつも遅い時間に眠る人が、たまに早く寝ようとしても目が冴えて寝付けないことがあるのは、この時間帯に当たってしまうからです。睡眠不足の解消に、ときどき早く眠ることはとても良いことですが、極端に早くするのは難しいわけです。
体内時計の調節
ところが週末に寝坊して睡眠不足を解消することにも問題があります。今度は体内時計が夜型にずれてしまい、寝つきが悪くなり、朝起きるのが辛く、午前中は眠気が強く元気が出ません。休日の寝坊も1?2時間程度までが無難で、やはり普段から少しでも早く眠ることが重要になります。
体内時計の調節で大事なのは光です。朝に光を浴びると体内時計が進み朝型になり、夜に光に当たると時計が遅れて夜型になります(図2)。体内時計を朝型に保つためには、起きたらまず最初に強めの光に当たります。夜は灯りを少し暗くします。天井の電気は消して、少し離れてテレビを見たり、卓上ライトで勉強するのがお勧めです。暗くしても目を近づけなければ、視力に悪影響はありません。
また光で調節されるのは脳の中の体内時計の中心ですが、最近の研究で脳以外の全身にもそれぞれ時計があることがわかりました。その調節のためには、光だけではなく、食事・運動なども規則正しく行うことが大切です。
日中の元気・生きがい
人間は身体ではなく、脳が疲れると眠気が増し、脳を休めるために眠ります。日中の活動で眠気が強まるのは、身体を動かす指令を出す脳も疲れるからです。たとえばスポーツの試合では、体を動かす部分はもちろんのこと、周囲の状況を見たり感じたりする部分、考えて行動を決断する部分など、ほとんどの部分をフル動員しますから、脳もしっかり疲れて、ぐっすり眠れます。単に起きているだけで、元気なくぼーっとして、わくわくすることも、楽しいこともしなければ、脳が疲れないので、良く眠れません。日中の活動度が高まると夜の睡眠が深くなりますが、日中の活動度が低いと夜の睡眠も全体的に浅くなり、結局1日のメリハリがなくなるのです(図3)。
高齢者には、「眠れない」、「朝早く起きすぎてしまう」ということで、日中に元気がない方がたくさんいます。「夜眠れなくて体力が回復していないので、昼は家でゆっくりしている」、「眠れていないから、元気が出ない」、「朝早く目が覚めてしまうので、その分、夜早くベッドに入る」というのは、間違っていることが多いのです。逆に、「昼に家でゆっくりしていたから、眠気が貯まらず、夜に眠れない」、「元気が出ないから、眠れない」、「夜早くベッドに入りすぎるから、朝早く目が覚めてしまう」というように、夜ではなく、昼を中心に考え方を変えてみると、夜の睡眠の質がよくなります。眠れない原因は夜ではなく、昼間にあることが多く、生きがいをもって日中を溌刺と活動している方は、眠れないことに悩む暇もなくなるようです。睡眠は目的ではなく結果ですから、眠れないから元気が出ないと考えないで、日中に元気を出す方法をまず考えることを、是非、お試し下さい。