熊本大学講師医学部附属病院泌尿器科 和田孝浩
前立腺癌は、近年、日本人男性において最も増加している癌の一つですが、一方でその治療法もずいぶん進歩してきました。
前立腺癌治療法の特徴はその多彩さにあります。病期により治療法が異なる上、同じ病期でも腫瘍分化度、患者年齢や全身状態で治療方針が異なることがあるからです。まずはその前立腺癌に治療が必要かどうかの判断をしなければなりません。というのも、管理は必要だが治療を行わなくとも前立腺癌が「命とり」にならない場合も多いからです。
次に、治療が必要な場合について述べてみます。大きく分けると局所療法と全身療法があります。局所療法には、一般的にいって、前立腺全摘除術(外科手術療法)と放射線療法があります。全身療法は、内分泌療法と化学療法などに分けられます。
前立腺全摘除術には、腹腔鏡下手術もありますが、熊本大学医学部附属病院泌尿器科(以下、当科)での経験では、うまくいかないことが多く、従来の手術と比べあまり利点がないため現在は行っていません。前立腺全摘除術の治療成績は非常に良いのですが、合併症も多く、その主なものは勃起神経損傷による性機能障害と括約筋損傷による尿失禁です。
このため手術にも工夫が加えられ、無結紮手術という術式が開発されました。従来の術式と異なり、尿失禁がまったくみられなくなりました。さらに根治性(完全治癒率)も上ったため、当科ではすべてこの術式で手術しており、その治療成績は世界的にも評価を受けてきています。
また、性機能の温存(残し、維持すること)を目的とする場合は、神経温存術を行います。勃起神経は左右2本ありますが、神経温存を行わない手術では、神経も前立腺といっしょに摘除されます。神経温存術を行う場合、神経の内側で前立腺を摘除します。しかし、この部位には癌の進展が高率にみられ、癌細胞を取り残す結果につながる危険性があります。そのため癌細胞が検出されていない側の神経を温存します。前立腺の両側で癌細胞が検出された場合は、両側ともに神経を切除するため、神経移植を行います。神経移植は腓腹神経という足の神経を切除し、切断された勃起神経とつなぎ合わせます。神経移植の合併症としては一時的に足にしびれがあるくらいです。癌の根治性と性機能の温存を望む患者さんには最適と言えます。
前立腺癌の放射線療法についてですが、これには外部照射と組織内照射とがあります。外部照射の合併症は軽度ですが治療成績は手術に劣るため、比較的高齢者に好んで行われてきました。一方、最近行われている組織内照射は、その治療成績が手術と比べても良好な上、侵襲が少ないため急速に治療症例数が増加しています。当科でもこの治療の導入を申請しているところです。
前立腺癌における内分泌療法にはいくつか方法がありますが、いずれも男性ホルモンの作用を抑制します。現在、内分泌療法は数種類の薬剤や手術を組み合わせて行われていますが、その目的は、患者さんの生活の質を保ちながら再燃までの期間をなるだけ延ばすことです。これは、再燃までの期間の延長が生存期間の延長につながるからです。
現在の最も深刻な治療上の問題は、この内分泌療法が無効になった再燃前立腺癌にどう対処するかです。進行前立腺癌の約80%は初回の内分泌療法が有効ですが、数年の経過で大部分の症例で再燃が起こり、今度はそのほとんどで内分泌療法が効果なく、その後2年以内に死亡します。これは、前立腺癌の組織の中に、治療前には、ホルモン依存性癌細胞とホルモン非依存性癌細胞が混在しており、内分泌療法を行うと、ホルモン非依存性癌細胞だけが生き残り増殖していくためです。再燃が起こっているかどうか調べるためにPSA(前立腺特異抗原)を測定する必要がありますが、たとえ再燃が確認されたとしても、これに対する標準治療は長い間確立されていませんでした。
しかし、ごく最近になって、再燃前立腺癌に対しドセタキセルという抗癌剤が、併用化学療法の中で用いることで優れた効果を発揮することが確認され、米国のFDA(食品医薬品局)に承認された第一号の抗癌剤となりました。この抗癌剤を用いた治療法は、以前の抗癌剤治療とは全く異なり、外来で行うことができ、副作用も少なく、痛みなどの癌による症状を軽減しながら延命につながる画期的なものです。
さらに化学療法が無効な場合に対しての癌ワクチン療法も検討されており、前立腺癌治療の進歩は確実にスピードアップしています。それでも早期発見が最も大事であることに変わりありませんので、50歳を迎えたら1ccのPSA検査用の採血をして下さい。前立腺疾患を専門とする泌尿器科医のお願いです。