すぱいすのページ

トップページすぱいすのページ「あれんじ」 2011年10月1日号 > 「乳がん」のことをよく知ろう

「あれんじ」 2011年10月1日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
「乳がん」のことをよく知ろう

 乳がんの早期発見・早期治療を推進するキャンペーンのシンボル「ピンクリボン」を見かけませんか? 10月は、乳がんの早期発見・早期治療を啓発するための「乳がん月間」です。そこで今回は、乳がんの検査や治療に関する情報をお伝えします。

乳がんは増えているの?
【図1】5大がん 年齢階層別がん罹患率(2005年)
財団法人がん研究振興財団 「がんの統計」より

 乳がんは、わが国の女性のがんの中では最も発生頻度の高いがんです。最近では一年間に約5万人の女性が乳がんと診断され、女性が生涯に乳がんに罹患する確率は16人に1人と計算されています。さらに、他臓器のがんが主に60歳代以降の高年齢になってから発症するのに比べて、乳がんは40〜50代の女性に多いのが大きな特徴です(図1)。欧米の乳がん罹患率はわが国と比べて3〜4倍ですので、乳がんが増えている原因は生活スタイルの欧米化(晩婚、少子化、早い初潮、遅い閉経、食生活など)とされています。
 一方、乳がんの死亡率は他のがんに比べて低く、わが国では胃がん、肺がん、大腸がんについで第4位とされています。つまり他のがんと比べ治癒しやすいがんと言えます。わが国では乳がんの死亡率は年々上昇していますが、欧米では1990年ごろから死亡率が減少しています。その理由は、マンモグラフィ検診の普及による早期発見と、薬物治療の発達によるものとされています。


乳がんの検査って?
【図2】マンモグラフィ 頭尾方向撮影

 乳がんの診断として重要な検査は、「視触診」に加え、「マンモグラフィ」「乳房超音波検査」などの画像診断と、生体から採取(生検)した細胞や組織を直接観察する「細胞組織学的検査」です。
 「視触診」ではしこりの形、表面の性状、硬さなどについて調べます。乳がんのしこりは形や表面が不整で、硬く、皮膚に凹みをきたすことがあります。進行すれば大きくなり、しこりの上の皮膚に赤みやただれをきたすこともあります。乳がんは自身で見つけることができる数少ないがんですので、「しこりを触れた」「硬いところがある」「乳頭から血液のようなものが分泌した」「皮膚の色が変化した」など、いつもと違うことに気が付いたら、乳腺外科(婦人科ではありません)を受診してください。
 「マンモグラフィ」は乳房のレントゲン写真のことです。左右の乳房を別々に縦方向、横方向にはさんで撮影します。乳がんではしこりの多くが白く描出され、形が不整で、ふちがギザギザしています。時には白く点状に見える微細石灰化を伴うことがあります(図2)。
 「超音波検査」は超音波による反射波を画像化し、乳腺の断層面を見る検査です。形や境界の性状、内容物の所見から、腫瘍の有無に加えて、その良性悪性も評価できます。
 これらの検査で乳がんの疑いがあった場合は、診断を確定させるために、細い針でしこりを直接刺して細胞を得る「細胞診」という検査や、太い針を用いたり皮膚を切開したりして組織を部分的に採取する「組織診」などの検査が行われます。画像診断と細胞組織学的診断とが一致して初めて乳がんの診断が下されます。


早期発見のためには?

 乳がんの早期発見には「マンモグラフィ」、「超音波」などの画像診断による乳がん検診を受けることが不可欠です。視触診だけの検診は意味がありません。平成17年からは、厚生労働省の指導により各地方自治体による、視触診とマンモグラフィを組み合わせた検診が始まっています。マンモグラフィは、40歳代の女性には縦・横の2方向撮影を、50歳以上の女性には縦方向の1方向撮影を行うことになっており、隔年での検診が行われています。また、平成21年度からは一定の年齢の方にはクーポン券による無料検診が行われていますので、ぜひ検診に出かけてください。
 マンモグラフィ検診が行われるようになり、マンモグラフィで初めて診断できる、触ることのできない早期乳がん
(非浸潤がん)が数多く発見されるようになりました。特に細かい白い点として発見される「微細な石灰化」が大事な所見となっています。このような早期乳がんの確定診断は難しいことが多いのですが、画像ガイド下吸引針生検(きゅういんはりせいけん)装置を用いれば確実な組織診断をすることができます。


大きく変わった乳がんの手術
【図3】わが国における乳がん手術の変遷
Breast Cancer 15:2-4, 2008より

 以前は、乳がんの手術といえば乳房を切除すること(乳房切除術)でした。しかも、胸筋を合併して切除していた時期もあったのです。しかし20年ほど前からは、比較的早期の乳がんに対して、乳がんの病巣とその周辺だけを、つまり乳腺を部分的に切除するような、乳房温存手術が行われるようになりました。最近では、60%以上の方が温存手術を受けておられます(図3)。この手術法が広く普及した理由は、手術を小さくして、温存した乳房に放射線療法を追加することで乳房切除術とほぼ同じ治療効果が得られることが分かったためです。
 また、以前は乳がんの手術では腋窩(脇の下)のリンパ節をきれいに取り切ってしまう(郭清する)ことが標準的でした。しかし最近では、腋窩リンパ節の中でがん病巣から最も早く流れ着くリンパ節(センチネルリンパ節)に転移があるかどうかを調べることが行われています。そのリンパ節に転移がなければ腋窩リンパ節郭清も行わないという方法です。この場合、ラジオアイソトープを用いた精密な画像診断を併用し、正確にセンチネルリンパ節の数と位置を把握して生検に臨むことが求められます。
 また、乳がんが非常に広い範囲で存在して乳房を切除せざるをえない場合もあります。この際には乳房を再建することで、胸のふくらみを保つことができます。自身の筋肉や脂肪を用いる場合とシリコンバッグのようなインプラントを用いる場合とがあります。形成外科との協力で、乳房切除と同時に自己組織(腹直筋、広背筋弁)を用いた同時期(一期的)再建も行えます。


乳がんに対する薬物療法の進歩
【表1】乳がんの新しい分類と薬物療法
ER:エストロゲン受容体、HER2:上皮増殖因子受容体2型、いずれも乳がん組織を
特殊な染色をすることで陽性、陰性を判断する。

 最近、乳がんは、乳がん細胞がもつ性質でいくつかのタイプに分類されるようになりました(表1)。「ルミナール(管腔)タイプ」は、女性ホルモンであるエストロゲンの受容体(ER)が陽性で、上皮増殖因子受容体2型(HER2:ハーツーと呼びます)が陰性のタイプで、エストロゲンの働きを抑える「ホルモン療法」が効果を示します。また、HER2が陽性の「HER2タイプ」では、HER2の働きを抑える「分子標的治療薬」と抗がん剤による「化学療法」が有効です。さらに、ER陰性、HER2陰性のがんは「基底膜タイプ」と呼ばれ、「化学療法」のみが有用とされます。このように、薬物治療は、効果があると予想される患者さんや再発のリスクが高い患者さんを分類し適切に用いられることで、その効果を最大に発揮します。
 また最近では、乳房切除が必要とされるようなやや進行した乳がんに対して、手術の前にこれらの薬物療法を行い(術前薬物療法)、腫瘍を縮小させて温存手術を行うことも行われます。


乳がんに対するチーム医療

 乳がんの検診、診断、治療などは専門化され、高度な医療となってきました。それだけに診断、治療に関わる医師だけではなく、薬剤師、看護師、放射線技師、検査技師、メディカルソーシャルワーカー、医療事務などのコメディカルが協力して、総合的に患者さんをサポートすることが必要です。
 熊本大学医学部附属病院は平成18年に都道府県がん診療連携拠点病院となり、がんに関する勉強会、研修会、セミナーが定期的に行われています。化学療法を外来通院で快適に行うための「外来化学療法室」、患者、家族を支援するための「相談支援室」(「がんサロン」のサポートもしています)、がん情報を収集し活用する「がん登録室」、緩和医療や精神的サポートを行う「緩和ケアチーム」などの活動も活発です。
 また、家庭医との病診連携を図る目的で組織された「私のカルテ」活動では、がん患者さんが複数の医療機関を受診する際にこれを提示していただくことで、情報が共有できるようにしています


今回執筆いただいたのは
熊本大学医学部附属病院 
乳腺・内分泌外科
岩瀬弘敬教授
熊本大学医学部附属病院 がんセンター長
日本乳癌学会 理事 専門医
日本外科学会 指導医 専門医 代議員
日本内分泌外科学会 評議員 専門医
日本癌学会 評議員
日本臨床腫瘍学会 評議員