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「あれんじ」 2011年3月19日号

【熊遊学(ゆうゆうがく)ツーリズム】
46億年のドラマに迫る! 化学がひもとく地球史

 先端の研究者をナビゲーターに、熊本の知の世界を観光してみませんか! 熊本大学を中心に地元大学の教授や准教授が、専門の学問分野の内容を分かりやすく紹介する紙上の「科学館」「文学館」。それが「熊遊学ツーリズム」です。第11回のテーマは「同位体地球化学」。ちょっと難しそうですが、きっと「なるほど!」が待っていますよ。

【はじめの1歩】

 「同位体地球化学」とは、化学的な手法を用いて地球のことを研究する分野だそうです。元素の同位体を分析して地質を調べるなんて、「ずいぶん地味な学問だな」という取材前の印象ですが、さて一体どんなワクワクに出会えるのでしょうか?


Point1 全地球凍結事件(約23億年前・6億年前)

 地球は青い星だと言われますが、46億年の地球史の中で少なくとも2回は、白い氷の星になったことがあると考えられています。1回目は約23億年前、2回目は約6億年前で、いずれも赤道付近の海まで凍るほどでした。
 この「スノーボールアース仮説」が発表された当初はあまり信じられていませんでしたが、南アフリカのナミビアで発掘された氷河堆積物の炭素同位体比の調査結果が1998年に発表され、全地球凍結が本当にあったことが分かってきました。現在では、この「全地球凍結事件」は高校の授業でも紹介されるほどポピュラーな学説です。
 「1回目の凍結事件の後、初めて真核生物(カビやアメーバなど)が出現。2回目の後には『エディアカラ生物群』と呼ばれる初の大型生物群(多細胞生物)が現れました。このことから、極端な環境の変化が生物進化の起爆剤として、何らかの役割を果たしているのではないかと考えられています」と、ナミビアでの調査経験もある熊本大学大学院
自然科学研究科の可児智美助教は語
ります。


Point2 古生代末の生物大絶滅事件(約2億6500万年前)

 多細胞生物が登場したエディアカラ期の後、約5億5000万年前のカンブリア紀から、急激に生物が多様化して大型の化石が見つかるようになります。「カンブリア爆発」とも呼ばれるこの時期から現代までを、地質学上大きく区分して「顕生代」と言います。
 この顕生代には、大きな生物絶滅事件が5回起きていますが、中でも生物史上最大規模の絶滅事件が起きたのは、ペルム紀と三畳紀の境目(古生代末)の時期だと言われてきました。ところが詳しく調べてみると、それより約1000万年前、ペルム紀の中期と後期の境界にも一度大絶滅が起きていたのです。先の大絶滅から回復する間もなく二度目の絶滅が起きたために、顕生代最大の絶滅になったと考えられます。
 生物絶滅の原因として疑われるのは、人類がまだ経験したことのないほど大規模な火山の噴火があちこちで起こったのではないかということ。大気中に火山ガスや粉塵(ふんじん)が広がり長期にわたり太陽光がさえぎられたため、光合成の停止や気候の寒冷化、その後の二酸化炭素の温室効果による温暖化、火山からの有毒ガスの放出と酸性雨などが考えられます。


Point3 長期にわたる海洋酸素欠乏事件

 古生代末の生物史上最大の大量絶滅が起きた時期に、2000万年間もの長い期間にわたって海水中には酸素がほとんどない状態だったことが分かっています。これは、大規模な火山活動による暗黒化で、植物プランクトンの光合成が行われなくなったために起きたと考えられます。
 また同じ時期に、地球上には超大陸が存在していたことも、この時代の特徴です。つまり、注目すべき3つの事件「生物大量絶滅」「海洋水の酸素欠乏」「超大陸の存在」が、同時に起きているのです。
 3つの事件の間の関連性ははっきり分かっていませんが、これらは偶然同時に起きたわけではなく、それぞれの間には因果関係があると考えられます。そして、顕生代最大の絶滅事件を引き起こした地球規模の環境の大変化の根本的な原因を知るには、当時の「超海洋パンサラッサ」の海の状態を調べる必要があることが分かってきました。
 当時、海底で堆積した石灰岩層は、プレート移動の付加体石灰岩(メモ3)として宮崎県の高千穂町、大分県の津久見市、岐阜県の大垣市赤坂町などで見られます。これらの石灰岩は、もともとは超海洋中央部のサンゴ礁だったものです。可児助教は、3カ所の石灰岩を採取して当時の海の状態を調べています。


Point4 「超大陸パンゲア」と「スーパープルーム」

 地球上の大陸は、約5億年のサイクルで集まったり分かれたりを繰り返しているといわれます。古生代末の生物大絶滅当時、大陸は一つでした。「超大陸パンゲア」と呼ばれています。そして、陸が一つですから海も一つ。当時の超大洋がパンサラッサです。 
 では、なぜ超大陸パンゲアのあちこちで、火山活動が活発化したのでしょうか?超大陸周辺の沈み込み帯で海洋プレートがどんどん沈み込むと、それが引き金になって地球の深部マントルから上昇流が上がってきます。それが超大陸直下に到達して、大規模な火山活動を引き起こしたのではないか。これこそが、地球の環境変動を引き起こす根本的な原因ではないかと考えられます。
 「スーパープルーム(巨大な垂直流)」と呼ばれるこのマントル上昇流は、直径が2000kmに達します。その先端が大陸を持ち上げるため、大陸は水平に引き伸ばされて裂けてしまい、超大陸の分裂が始まるのです。今から約3億年前にできた顕生代唯一の超大陸も顕生代最大の生物大絶滅が起きた約2億6500万年前に分裂が始まったことが、ストロンチウム同位体比の研究で分かってきました。
 海水のストロンチウム同位体比は、川から流れ込むストロンチウムと、プレートの境界域で海中に噴出している熱水のストロンチウムとのバランスで決まります。大陸内部の岩石は同位体比が高いため、大陸からの河川水も同位体比が高く、マントル由来の熱水のそれは低いのです。
 可児助教は、高千穂から採取した石灰岩の同位体比を計測し、古生代末の大絶滅期を境にそれまで下降傾向にあった同位体比が上昇傾向へと切り替わったことを突き止めました。超大陸の分裂が、それまで閉じ込められていた同位体比の高いものを海に流し込み、海水の同位体の変化をもたらしたと考えられるのです。このような研究を通して、ペルム紀の地球表層環境の3大事件間の因果関係が解明されつつあります。


【メモ1】 同位体とは?

 原子番号は同じでも、中性子の数が違うために質量数が異なるもの同士を「同位体」といいます。
 原子番号が「6」の炭素を例にとってみましょう。原子番号は、原子核中の陽子の数を表しています。これに、中性子の数を足したものが質量数です。例えば、中性子の数が6個の炭素原子の質量数は12となり、「炭素12」と呼ばれます。中性子数が7個だと、質量数は13で「炭素13」と呼ばれます。いずれも自然界に存在する炭素の安定同位体です。
 植物プランクトン類は、選択的に炭素12を取り込んでいることが分かっています。そこで、海水中の炭素12と炭素13の比率の変化が、生物活動の停止や活発化の指標となるのです。


【メモ2】 地球の年齢はどうやって分かったの?

 地球誕生以来、マグマ活動や地表への堆積などのさまざまな地質活動のため、誕生当時の古い石は残っていません。調べる岩石がないのに、どうやって地球の年齢は分かったのでしょうか?
 答えは隕石(いんせき)にありました。太陽系形成時にできたコンドライト隕石の年齢を「放射年代測定法」で調べて、約45〜46億歳という年齢を割り出したのです。
 「放射年代測定法」とは、不安定な放射性物質が時間の経過にしたがって決まった速度で壊れていく(壊変)性質を利用した年代測定法です。
例えば、ウランが時間経過とともに壊変
して最終的に鉛になる性質を利用して鉛の
同位体比を測定する「ウラン−鉛年代法」、ルビジウム87がストロンチウム87に壊変する性質を利用してストロンチウムの同位体比を測定する「ルビジウム−ストロンチウム法」などがあります。
 同位体は、地球規模の環境変化の指標として使われるだけでなく、放射年代法として地球上のいろんな大事件の起きた時間を知ることもできるのです。


【メモ3】 地球は生きている(プレート移動)

 地球内部のマントル層は流動的で、ゆっくりとした対流が起こっています。そのため、地殻と上部マントル最上層の厚さ約100kmの岩石層は、約10枚の岩板(プレート)として、対流の動きに乗ってそれぞれに動いているのです。このマントル対流によるプレート移動は、地球上の大陸が集合・分裂を繰り返す原因ともなっています。
 プレートの境界は、プレートが上がってくる中央海嶺と、沈み込む海溝付近。プレートには大陸プレートと海洋プレートの2種類があり、海洋プレートのほうが重いため、双方がぶつかると海洋プレートは大陸プレートの下に沈み込みます。太平洋を取り巻く地域はプレートが沈み込んでいるところで、火山活動が多いことで知られています。海洋プレートが沈み込む際に、プレート上の海洋堆積物がはぎ取られて大陸側にくっついて残ることがあります。これを「付加体」といいます。
 その昔、超海洋パンサラッサの真ん中で、ハワイのような海洋島の周りにできたサンゴ礁が石灰岩となり、プレートに乗って年に数センチずつ移動し、やがて沈み込み帯で「付加体石灰岩」として残りました。日本列島南西部にも付加体石灰岩が広く分布しており、古代の地球環境を知る上で貴重な財産となっています。


熊本大学大学院自然科学研究科
(理学専攻)地球環境科学講座
可児(かに)智美  助教

元素の同位体って『化学的な化石』とも言えるんです!