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「あれんじ」 2011年3月5日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
本人も周囲も上手につきあいたい 老人性難聴

 先進国の中でも最も高齢化が進んでいる国の一つである日本では、今後、高齢者特有の疾患が増加することが予想されます。多くの高齢者の方が不自由に感じる症状の一つに難聴があります。今回は、医学用語では「老人性難聴」と呼ぶ、加齢に伴う進行性の聴力低下についてお伝えします。

はじめに 〜聞こえのしくみ
【図1.聞こえのしくみ】

 図1を見てください。集音器の役割をしている耳介(じかい)から入った音の波は外耳道を伝わり、鼓膜(こまく)を振動させます。鼓膜の奥の空間は中耳と呼ばれており、音を伝えるための耳小骨(じしょうこつ)と呼ばれる骨が3個連鎖しています。音の振動はこの3個の耳小骨を振動させ、3つ目の耳小骨であるアブミ骨から蝸牛(かぎゅう)へと伝わります。蝸牛の中には1万個以上の感覚細胞があり、音の振動を神経信号に変換します。神経信号は聴神経により脳へと伝えられます。脳の働きにより言葉を理解したり、音楽を楽しんだりすることができるのです。

老人性難聴はなぜ起こるの?
 老人性難聴の病態はまだよく分かっていませんが、中耳までの音を伝える部分の機能は保たれており、内耳(蝸牛)より先の部分の障害であることは分かっています。これまでの研究から、蝸牛の感覚細胞数の減少、蝸牛の電池の役割を担っている血管条とよばれる部分の変性、聴神経の変性などが起こっていると考えられています。しかしこのような病態を引き起こす要因はよく分かっていません。


どんな症状?
【図2.高齢者の平均聴力レベル】(東京大学 加我君孝先生のデータを引用)

 老人性難聴は、

■数年かけてゆっくりと 難聴が進行する 
■左右どちらの耳も同程度に進行していく
■音は分かるが、言葉が分かりにくい

などの特徴的な症状があります。
 図2に高齢者の平均聴力レベルを示します。日本語会話でよく使う音域の聞こえは、比較的高齢となっても保たれている場合が多く、虫の鳴き声のように、それよりも高音の聴力が低下していきます。年平均1デシベル(音の大きさの単位、dB)分ずつ聴力低下が進行するといわれており、聴力低下がゆっくり進むのが特徴です。そのため、いつから聞こえが悪くなったのか、自覚していない方がほとんどです。また聴力図だけを見ると、60デシベル程度ある普通の会話は十分に聞こえているように見えますが、単なる音と言葉では聞き取りが異なり、言葉の聞き取り(語音弁別能と呼びます)の方が悪くなります。そのため「音は聞こえるのだけど、何を言っているのかはっきり聞き取れない」と言われる高齢者の方が多くいらっしゃいます。
 このような特徴ですので、片方の耳だけ聞こえが悪くなる、急激に難聴が進行する、めまいを伴う、などの症状の場合は、別の疾患である可能性が高くなります。
 また、老人性難聴の進行具合にはかなりの個人差があります。30代頃より高音部の聴力低下は始まりますが、40代から難聴を自覚する方もいれば、80代になっても聞こえに不自由を感じない方もいます。
 なお、難聴は、その程度により、軽度、中等度、高度、重度に分類されます。


治療・対処法について

 聞こえが悪くなったと感じたら、まずお近くの耳鼻咽喉科を受診することをお勧めします。年齢のせいで聞こえが悪くなったと思い込んでいる方の中には、実は中耳炎であったり、耳垢がつまって聞こえが悪くなっている方がいらっしゃいます。このような場合は適切な治療で聞こえの改善も期待できます。
 老人性難聴と診断された場合、残念ながら現在の医学・医療において、聴力を回復させる方法や、難聴の進行を止める方法はありません。ですから難聴のため生活に支障があるようでしたら、補聴器を装用することをお勧めします。補聴器にはさまざまなタイプがあり、価格も数万円〜数十万円といろいろです(図3)。
 ところが、自分に適した補聴器を見つけることは意外に難しく、そのため補聴器選びに失敗して、いくつもの補聴器を購入したり、使うこと自体をあきらめてしまっている方も見受けられます。多くの耳鼻咽喉科医院に補聴器外来が開設されていますので、補聴器購入を考えられている方はまずお近くの耳鼻咽喉科医院を受診し、相談されることをお勧めします。
 また、周囲の方々の老人性難聴に対する理解も必要です。軽度〜中等度の難聴であれば、「まだ補聴器を使うほどではない」と必要性を感じない方も多いと思います。そのような場合は、周囲の方が分かりやすく話しかけるようにするだけで、十分にコミュニケーションが取れると思います。
 老人性難聴の方との会話では、正面から話す、ゆっくり話す、明瞭に話す、ということを心がけてください。図2の聴力図からも分かるように、必ずしも大声を張り上げる必要はありません。聞こえそのものの低下もありますが、「音は分かるけど、何を言っているのかよく分からない」といった老人性難聴の特徴を思い出してください。ゆっくりと丁寧に話すことも重要なポイントです。


【図3.補聴器のタイプと特徴】

〈挿耳型〉
 軽度〜高度難聴の方向けです。目立ちにくいのが長所ですが、操作パネルが小さいので、目が不自由だったり、手先の自由が利かない方には操作が難しいのが欠点です。また重度難聴の方では聞き取りが不十分です。


〈耳かけ型〉
 軽度〜高度難聴の方向けです。多くの方が利用しているのがこのタイプです。


〈箱型〉
 中等度〜重度難聴の方向けです。マイクを相手に向けて音を拾うことができるので、耳かけ型でも十分には聞き取れない、語音明瞭度の悪い方でも聞き取りやすい補聴器です。持ち運びに不便なのが難点です。


おわりに

 聴力はコミュニケーションの手段として非常に重要です。難聴の進行によりコミュニケーションが取りにくくなり、家に引きこもってしまったり、家族や友人との会話が減るのは残念なことだと思います。多くの老人性難聴の方は補聴器をうまく活用することで聴力低下を補うことが可能です。しかし補聴器を使用すれば、若い方たちと全く同じように聞こえるようになるわけではありません。周囲の方も、「音は聞こえるのだけれど、何を言っているのかはっきり聞き取れない」という老人性難聴の特徴を理解して、正面からゆっくり、はっきりと話しかけるように心がけましょう。


今回執筆いただいたのは…
熊本大学医学部附属病院
耳鼻咽喉科・頭頸部外科
増田 聖子(まさこ) 助教
日本耳鼻咽喉科学会専門医