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「あれんじ」 2011年2月19日号

【熊遊学(ゆうゆうがく)ツーリズム】
コピーしたり、編集したり?RNAルネッサンス!

 先端の研究者をナビゲーターに、熊本の知の世界を観光してみませんか! 熊本大学を中心に地元大学の教授や准教授が、専門の学問分野の内容を分かりやすく紹介する紙上の「科学館」「文学館」。それが「熊遊学ツーリズム」です。第10回のテーマは「RNA(リボ核酸)」。さあ、「なるほど!」の旅をご一緒に…。

はじめの一歩

 今、生命科学の分野では、RNAがホットなテーマの一つだそうです。というのは、ここ数年で次々に新しいRNAが発見されて、驚くほどさまざまな役割を担っていることがあ〜かになってきているからです。RNAといえば、DNAの遺伝情報をコピーしてタンパク質を作る…、というぐらいの知識しか持ち合わせない筆者にとって、まったく未知の分野に一歩踏み出す心境での取材です。


Point1 伝令RNAの役割とは?

 ヒトの体には、約60兆個の細胞があると言われています。各細胞に一つの核があり、その中にDNA鎖が染色体としてパッケージされています。DNA鎖のうち、タンパク質やRNA鎖をつくる情報を持った部分を遺伝子と呼びます。DNA鎖は、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)と呼ばれる4種類の塩基を部品に持つ長い連鎖ですが、ATGCの並び方が遺伝情報となっています。遺伝情報に基づいて体の機能を担うのはタンパク質です。タンパク質は20種類のアミノ酸の長い連鎖で、アミノ酸の並び方で性質が決まります。
 さて、核内のDNA鎖の遺伝情報はまず伝令(メッセンジャー)RNA鎖として写し取られます。RNAの塩基もDNAに対応して4種類ですが、T塩基の代わりにウリジン(U)塩基が使われています。伝令RNAは核の外の細胞質まで運ばれて、リポソームというタンパク質製造工場でタンパク質に翻訳されます。その際、それぞれ3つの塩基の並びごとに20種のうちのどのアミノ酸を使うかが決まっているのです。
 「この仕組みには、都合のいいことが2つあります」と、熊本大学大学院自然科学研究科の谷時雄教授は語ります。
 1つは、一度に多くのタンパク質を作ることができるということ。DNAは1個でも、間にRNAが入ることで一度に2000〜3000分子ものコピーが作れます。
 そして、もう一つのメリットの発見が、RNAについての認識を大きく変える第一歩となりました。


【メモ1】RNAワールド仮説

 以前は、遺伝情報の設計図を持つDNAが生命の起源と考えられていましたが、DNA鎖をつくるのに酵素タンパク質が必要だという矛盾が解決できませんでした。生命現象をつかさどる機能性RNAが続々と発見され、ついに酵素機能を持つRNAまで分かってきました。それで「生命の起源は遺伝情報機能と酵素機能の両方を持てるRNAで、後にそれぞれの機能に特化したDNAとタンパク質が加わった」という仮説が出てきました。「RNAワールド仮説」と呼ばれています。


Point2 伝令RNAの驚くべき仕組み(選択的スプライシング)
図1

 約2万2000個前後のヒトの遺伝子からは、10万〜20万種類ものタンパク質がつくられています。遺伝子数の約10倍ものタンパク質が、いったいどのようにして作られるのか?その謎が最初に解明されたのは1980年代のことでした。
 実は、一つの遺伝子DNA鎖のすべての部分が遺伝情報を担っているのではなく、ちょうど民放のテレビ番組のCMのように、タンパク質に翻訳されない塩基配列部分が飛び飛びに含まれています。
 翻訳される部分を「エキソン」、されない部分を「イントロン」と呼びます。遺伝子によって違いますが、平均するとエキソン150塩基に対してイントロンは3300塩基。実に約20倍もの翻訳されない部分が含まれているわけです。
 テレビ番組を録画する時、CM部分を自動的にカットして中身だけをつなぐ機能がありますが、実は細胞核内でも伝令RNAのイントロン部分をカットしてエキソン部分を連続につなぐ編集作業が行われているのです。これを「スプライシング(スプライス=切ってつなぐ)」と言います。
 スプライシングには、エキソンを順繰りにつなぐだけでなく、いくつかのエキソン部分まで飛ばして短くつないだりする場合もあり、さまざまな編集方法がとられています。編集方法ごとに異なる伝令RNAになり、できるタンパク質も違ってくるため、1個の遺伝子から多様な種類のタンパク質をつくることが可能になるのです。これを「選択的スプライシング」と言います(図1)。極端な例では、脳細胞に個性を与えていると言われるショウジョウバエのDscamという遺伝子の場合、この遺伝子1個から約3万8000通りのタンパク質がつくられます。


【メモ2】RNAの研究がもたらす、難病治療やエイズの新薬開発の可能性

 谷教授の研究グループが特定した、伝令RNAの核外輸送にかかわる11個の原因遺伝子。その1つを調べると、遺伝子の情報を写し取ったり、遺伝子の傷を修復したりするタンパク質の遺伝子に変異が起きていることが分かりました。
 実はヒトの遺伝子にも、これに相当するものがあります。その遺伝子に変異が起きると、コケイン症候群という極端な発育障害が起きる場合があります。これまで発症のメカニズムがよくわからなかったこの病気が、「伝令RNAの核外輸送が阻害されることで起きるのではないか」という推測ができるわけです。
 原因が分かれば、治療法の可能性も出てきます。谷教授は、このような病気を「RNA輸送症候群」と名付けることを提唱しています。
 さらに谷研究グループは、数年前から選択的スプライシングやRNA輸送を阻害する化合物を探すことを始めました。多種類の天然化合物を作り出す放線菌という微生物の培養液から、培養細胞を用いてそれらの過程に影響を与える化合物を探索しています。これまでに3500種類ほどの放線菌培養液を調べ、数種類の阻害剤となる化合物を見つけました。
 エイズウイルスやC型肝炎ウイルスは、RNAが自ら遺伝情報を持つ「RNAウイルス」です。そこで、新しい阻害剤を使って増殖をストップさせる新薬開発の可能性が出てくるわけです。また、選択的スプライシングやRNA輸送に影響を与えることで、がん細胞の増殖を抑える新しい抗がん剤の開発も夢ではありません。


Point3 機能性RNAとは?

 Point2は遺伝子1個の話でしたが、染色体DNA鎖の遺伝子以外の部分にも、大変意外な秘密が隠されていました。
 ヒト染色体のDNA鎖は30億個の塩基を持ち、その塩基配列はすべて解読されました。その結果、その中に遺伝情報のない無駄だと思われる領域が何と95%以上もあることが判明し、「遺伝子間領域」あるいは「ジャンク(がらくた)DNA」と呼ばれました。
 ところが10年ほど前、無駄だと思われていたジャンクDNA部分から、小さな「マイクロRNA」が作られていることが分かりました。数千塩基からできている伝令RNAに比べて、マイクロRNAはわずか21〜23塩基の小さなRNAです。このマイクロRNAは、伝令RNAにくっついてタンパク質の合成を止めたり、伝令RNAそのものを分解する機能を持ち、タンパク質の合成を調節しています。
 タンパク質の多様性を生み出す「選択的スプライシング」にも、別の種類の小さなRNAが関わっており、スプライシングの境目を決める重要な機能を果たしています。このように、タンパク質への翻訳以外のさまざまな機能を持つRNAを総称して「機能性RNA」と言います。
 「マイクロRNAの発見以来、ここ5〜6年、RNAの研究はホットな領域として脚光を浴びています」と谷教授。新しい機能性RNAもどんどん発見されており、現在分かっているだけでも数百種類はあります。30年近くRNAの研究を続けている谷教授は、現在の状況を「RNAルネッサンス」と呼んでいます。


Point4 谷研究室の発見
図2

 細胞核の中でスプライシングされた伝令RNAは、核膜に約5000個ほどある「核膜孔」という出入口を通って細胞質に出ます。スプライシングされていない伝令RNAは、核の外には輸送されません。
 谷研究室では、このようなRNA輸送や選択的スプライシングの仕組み、小さなRNAがかかわる制御の仕組みなどを解明する研究プロジェクトが進行しています。
 1つは酵母を使ったプロジェクト。ヒトの遺伝子に近い遺伝子構造を持つ分裂酵母の変異株の中から、セ氏36度以上になると伝令RNAの閣外輸送が止まって死んでしまう変異株を11種類見つけ、それら原因遺伝子を10年がかりで特定しました。伝令RNAを核から細胞質に運ぶ仕組みが明らかになりつつあります。
 もう1つの大きなプロジェクトでは、培養動物細胞を使っています。蛍光色素で伝令RNAを可視化する技術を開発した谷教授の研究グループは、培養細胞内で伝令RNAがどのように輸送されるかを特殊な顕微鏡で観察。核内の数カ所に、伝令RNAが集まる構造体TIDR(転写不活性化依存RNA領域・図2)があることを世界に先駆けて発見したのです。
 RNAについてはまだまだ謎が多く、世界中の研究グループがしのぎを削っています。


【なるほど!】

 数百種類のRNAが、私たちの生命活動を調整していたとは驚きです。そして、これまで無駄だと思われていたDNAの中に、大切な働きをする部分が発見されたという事実にも考えさせられました。谷研究室のさらなる新発見に期待しています。


ナビゲーターは
熊本大学大学院自然科学研究科
(理学専攻)生命学講座

 谷 時雄 教授