すぱいすのページ

トップページすぱいすのページ「あれんじ」 2011年1月15日号 > 「ブラックホール」はなぞだらけ

「あれんじ」 2011年1月15日号

【熊遊学(ゆうゆうがく)ツーリズム】
「ブラックホール」はなぞだらけ

 先端の研究者をナビゲーターに、熊本の知の世界を観光してみませんか! 熊本大学を中心に地元大学の教授や准教授が、専門の学問分野の内容を分かりやすく紹介する紙上の「科学館」「文学館」。それが「熊遊学ツーリズム」です。第9回のテーマは「ブラックホール」。さあ、「なるほど!」の旅をご一緒に…。

はじめの一歩

 SF小説に出てくる「ブラックホール」は、宇宙を超光速移動(ワープ)するための入り口として描かれることが多いのですが、宇宙物理学から見たブラックホールは、おそらく全く違うものなのでしょう。それでも、この言葉を耳や目にするたびに、なんだかワクワクしてきます。そのブラックホールを研究している教授にお目にかかれる!…と、心をときめかせながら研究室のドアを叩きました。


Point1 ブラックホールとは?

 ブラックホールを語るには、まず重力についての知識が必要なようです。「地球上では放り投げた物は引力によって落ちてきますね。では、なぜ月は落ちてこないのでしょうか?」と、熊本大学大学院自然学研究科の荒井賢三教授は、質問を投げかけてきました。
 「例えば、ボールを投げると重力を振り切って遠くへ飛んでいきます。それを、ものすごく速く投げたとしたら、もっと遠くへ飛んでいきます。仮に秒速8キロで投げたら、地球は丸いので一周して還ってくる計算になるのです」。高度3万6000キロ上空を飛んでいる静止衛星なら、地球の重力の影響が減少するため秒速3キロで回り続けられます。月はもっと遠く、地球から38万きろも離れているので、秒速1キロで回っているのです。
 万有引力を発見したのはニュートンで、リンゴが落ちるのを見てハッと気がついたという伝説があります。彼の偉大なところは、同じ力を太陽の周りの惑星の運動にも適用した、という点です。リンゴが落ちることと惑星の運動は、本質的には同じものなのです。
 では、ブラックホールとは、どういうものなのでしょう?地球を縮めてコンパクトにしていったとしたら、縮めた分、重力は強くなっていきます。その強い重力を振り切るには、物をかなり速いスピードで打ち出さないといけません。そして、秒速30万キロで進む光すらも飛び出せない、限界のサイズというのがあるはずです。それがブラックホールなのです。
 地球なら半径1センチ、太陽なら半径3キロまで縮まないとブラックホールにはなれません。


Point2 1つの銀河が複数に見える「重力レンズ効果」
銀河団に見られる「重力レンズ効果」。天体の光が円弧型に広がったアーク像が数多く見える

 ブラックホールは、アインシュタインの一般相対性理論で説明ができます。ニュートンの時代には「光は直進する」のが常識でした。でもアインシュタインは「重力の影響を受けると、進み方が変わってくるのではないか」と考えました。
 例えば、平らなゴムのシートの上に重い鉄の球を乗せると、その部分はへこみます。それと同じように、平らな空間に重力のある物体があるとその周りの空間はゆがみます。光が直進するのは、最短距離を進もうとするからですが、ゆがんだ空間を進む場合もやはり最短距離を進もうとして曲がるのです。
 アインシュタインは、太陽の重力で光が曲げられることを計算しましたが、その2〜3年後には日食の観測によってそれが実証されました。現在では、重力の強い銀河によってその向こうにある天体の光が曲げられ、2つに見えたり4つに見えたり、あるいはアーク(円弧)型に見えたりするのを観測することができます。これを「重力レンズ効果」と言います。
 重力が強すぎて光の曲がる角度が大きくなると、光はグルグル巻き込まれてしまって外に出てこられなくなります。それが「ブラックホール」です。中から光が全く出てこられないため、見えない(観測できない)あら「ブラック」なのです。1967年にJ・A・ホイーラーという物理学者が命名しました。


【メモ1】カーナビの原理には、相対性理論が組み込まれている

 相対性理論によると、高速で移動している乗り物の時計は、遅い速度で移動する(あるいは停まっている)乗り物の時計よりも、進み方が遅いことが知られています。この現象は、浦島太郎になぞらえて「ウラシマ効果」と呼ばれています。また、重力が強いところにいるほうが時計の進み方が遅くなります。
 カーナビは、地上約3万キロ上空を回っている複数のGPS衛星(約30基が回っている)から送られてくるシグナルから、時間差によって自動車の位置を割り出します。少なくとも4基と更新すればOKなのですが、人工衛星は秒速4キロで回っていますから、車のスピードよりも断然早いのです。ということは、衛星の時計が遅れることになります。
 ところが重力は、地上よりも衛星のほうがずっと小さいので、逆に衛星の時計は地上よりも進みます。その結果、プラスマイナスで1秒あたりほんのわずか進むことになりますが、1時間も走っていると誤差は480メートルにもなってしまいます。それでは現在地が割り出せなくなるため、相対性理論を組み込んだ調整をしているのです。


Point3 「降着円盤」ってどんな円盤?

 ブラックホールは、太陽の質量の20倍以上の大きな星が進化して、約1000万年の寿命を終えて超新星爆発を起こし、外側のガスを吹き飛ばしてコア(中心)部分が重力崩壊してつくられます。では、光が外に出られないブラックホールを、どうやって観測すればよいのでしょうか?
 ブラックホールそのものは見えないわけですから、その周辺を観測することになります。なんでも吸い寄せるブラックホールは、例えば隣接する星からガスを吸い寄せます。そのガスはブラックホールの入口の周りをグルグル回りながら、やがて中に落ち込んでいきます。
 物が落ちる時は、位置エネルギーが減少して運動エネルギーが増加します。ダムの水を落として電気エネルギーを得るのと同じ原理です。ブラックホールに落ちる時、ガスの運動エネルギーも増加し、されにガス同士の摩擦によってその運動エネルギーが熱エネルギーに代わります。
 ガスは数億度にまで熱せられ、X線を発することになります。それを観測するのですが、ちょうどコンパクト・ディスクのような円盤状に見えるので、ガスが落ち込んでいく円盤という意味で「降着円盤」と呼ばれています。日本のX線衛星が、降着円盤からのX線をキャッチしてブラックホール候補をたくさん見つけています。ただし、落下したガスの一部のみがブラックホールに吸い込まれるだけで、残りの大部分は中心領域からのジェットとして周囲の空間に放り出されます。これらのX線やジェットが、銀河の重要なエネルギー源となっているのです。この降着円盤の構造やジェットの性質を調べるのが荒井教授の主な研究テーマです。


【メモ2】宇宙について分かっているのは、たった4%?

 ビッグバン時に生じて飛び散ったさまざまな物質が、今も星間を漂っており、それらには宇宙の歴史が刻まれています。その解析から、宇宙137億年の歴史は、ビッグバンが起きて1/100秒以降はほとんどが分かったと考えられていました。
 ところが、銀河の回転スピードや宇宙の膨張率から宇宙全体の質量が計算できるのですが、計算から出てきた結論は「大量の未知なる物質やエネルギーが、まだ宇宙空間には存在する」というものでした。それらは光や電磁波と相互作用しないために直接観測できず、重力レンズ効果から推測するしかないようです。見えない物質なので「ダーク・マター(暗黒物質)」と呼ばれています。ダーク・マターは宇宙全体の約22%を占めているそうです。
 さらに、もっと正体の分からない「ダーク・エネルギー」と呼ばれる謎のエネルギーが役74%も占めており、結局、物質やエネルギーに関して私たちに分かっているのは宇宙全体のたった4%。宇宙の膨張が加速度的な段階に入ったのは、ダーク・エネルギーの持つ重力とは逆の力=斥力(せきりょく)=のせいだといわれています。


Point4 「水メーザー」でブラックホール発見!

 私たちの銀河系は、約1000億個の星と多量のガスからできています。ブラックホールもたくさんあり、特に中心領域には大質量のものがあると推測されています。というのは、中心領域の周囲を楕円を描いて回る星が観測されているからです。
 さらに、その動きとスピードから、巨大ブラックホールの質量は太陽の450万倍に相当すると計算されています。巨大になったのは、中心部の密度が高いためブラックホール同士が衝突し合って、短時間で急成長したためだろうと考えられます。
 ブラックホールを持つ多くの銀河の典型の一つとされるのが、地球から2100万光年の距離にあるNGC4258という銀河です。その中心領域からは、「水メーザー」が観測されています。メーザーとは、レーザーと同じ原理で強力なマイクロ波(電波)を発振する現象で、水分子が発振するものを「水メーザー」と言います。この銀河で発見された水メーザーの円盤は、ドップラー効果により近づいている側は波長が短く、遠ざかっている側は波長が長い状態で回転しているため、そのスピードから中心部に存在するだろうブラックホールの質量が計算でき、太陽の3900万倍もの質量をもつ巨大なものだということが分かってきました。
 ブラックホールの名付け親ホイーラーは「ブラックホールには毛が3本」という言葉を残しています。すべてが吸い込まれるにつれて毛(特徴)が抜けていき、結局「質量」「自転」「電荷」の3本しか残らない、という意味です。


【メモ3】宇宙は回る

 地球は自転しながら太陽の周りを公転し、太陽系は私たちの銀河系の中で巨大ブラックホールを中心に回転し、この銀河系はお隣のアンドロメダ銀河と引き合って秒速50キロで距離を縮めています。これらは、さらに数十個の銀河が集まって局部銀河群を作り、乙女座銀河団に引っ張られているそうです。しかも、大宇宙は加速度的に膨張し続けているのです。私たちがそのスピードに気付かないのは、完成のおかげなのです。


【なるほど!】

 ブラックホールを始め、ダーク・マター、ダーク・エネルギーの研究も、まだ端緒についたばかりなんですね。言ってみれば現代は、宇宙研究の大航海時代の夜明けなのでしょう。その最先端を行く荒井先生、日本のコロンブスになってくださいね。


ナビゲーターは
熊本大学大学院自然科学研究科(理学専攻)物理科学講座荒井賢三教授