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「すぱいす」 2025年5月23日号

【元気の処方箋】
人生100年時代と口腔ケア 全身の病気に関わる歯周病

食事は楽しみであり、健康の基本。人生が長くなっている現代、歯や口の健康は重要です。それが体の病気にも関わるというならなおさらです。今回は「歯周病」と、その全身への影響などをお伝えします。

(編集=坂本ミオ イラスト=はしもとあさこ)

執筆者
熊本大学病院 歯科口腔外科 講師 廣末 晃之さん

日本口腔外科学会専門医・指導医
日本口腔科学会認定医・指導医
日本がん治療認定医機構がん治療認定医(歯科口腔外科)
日本顎変形症学会認定医・指導医(口腔外科)
日本口腔腫瘍学会口腔がん専門医
日本口腔内科学会専門医
臨床研修指導歯科医


【はじめに】日本人が歯を失う最大の原因

「むし歯」と並んで口の中の二大疾患といわれる「歯周病」。日本人が歯を失う最大の原因です。

歯周病は歯の周囲の組織(歯茎と骨)に生じる慢性の炎症で、成人の8割にみられる生活習慣病です。

その原因は歯垢(しこう、プラーク=細菌の塊)の磨き残しによる細菌の繁殖です。歯垢1g中には約100〜1000億個の細菌がいます。細菌にとって口の中は栄養豊富で適度な温度と湿度が保たれ、複雑な形状をしている歯や歯茎があることで、とても住みやすい“高級リゾート地”のような場所なのです。

口の中には700種以上の細菌(常在菌)が生息しており、口腔細菌叢(そう)=「口腔フローラ(花畑)」と呼ばれます。このバランスが病原菌の繁殖を防ぎ、健康に寄与しています。歯周病が進行すると、口腔フローラが乱れて病原性の高い歯周病菌(悪玉菌)が増え、肥満や肺炎などと関連することが分かっています。


【「歯周病」とは】「歯肉炎」から「歯周炎」へ進行

歯周病は進行性の病気です。歯磨きで適切にプラークが除去されない状態が続くと歯茎が腫れ、容易に出血するようになります。この状態を「歯肉炎」といいます。

この段階で適切な歯磨きが行われれば、歯茎は健康な状態へ戻ることができます。しかし、歯肉炎の状態が続くと歯と歯茎の溝(歯周ポケット)が深くなって歯垢や歯石がたまりやすくなり、炎症を繰り返します。これが「歯周炎」の状態です。

歯周炎が継続し病原性の高い口腔フローラへ変化すると、歯を支えている骨が溶けて歯が動くようになり、最後には歯が抜けていきます。歯周炎になると健康な状態へ戻ることが難しくなります(図1)。

歯周炎の状態では歯茎の傷から歯周病菌が血管内に入って、全身に流れます。また、さまざまな炎症性の物質(炎症性サイトカイン)も血流に乗って全身を駆け巡り、体に影響を及ぼします。


【さまざまな疾患との関係】「発症リスク高める」との報告も

歯周病と全身の病気との関わりは日本だけでなく、世界中で研究されており、科学的にその関連性が報告されています(図2)。

○認知機能
 歯周病で歯を失うと、咀嚼(そしゃく)機能の衰えを招き、脳血流の低下や、食べられるものの偏りによる栄養状態の変化と合わせ、認知機能の低下につながる可能性があります。

 また、アルツハイマー型認知症では、歯周病菌が分泌するジンジパインという物質が脳の神経細胞を変性させ、発症に関与していることが分かってきました。

○肺炎
 超高齢社会である日本にとって、高齢者の肺炎対策は取り組むべき重要な課題です。高齢者の肺炎の多くは誤嚥(ごえん)性肺炎であり、その原因菌の一つは歯周病菌であることが分かっています。

 最新の成人肺炎診療ガイドラインに口腔ケアが肺炎対策の柱に含まれ、肺炎予防のための口腔健康管理の重要性が示されました。

○がん
 日本人の死因の1位である悪性新生物(がん)と歯周病については近年多くの研究が報告され、70万人以上を対象として10年間追跡した大規模な調査結果から、歯周病の人では健康な人と比較して、がんの発症率が2.2倍も高いことが報告されています。

○心疾患・脳血管障害
 歯周病に罹患(りかん)している人は心筋梗塞や脳梗塞などの発症リスクが高く、重度の人は軽度の人に比べ、これらの梗塞のリスクがさらに高いことが分かっています。

○早産・低体重児出産
 歯周病の妊婦では、歯周病菌が胎盤へ感染して炎症性物質が増加し、子宮の収縮を早めることで早産や低体重児出産につながります。そのリスクは健康な妊婦に比べ7倍も高いという報告もあります。

○糖尿病
 歯周病は糖尿病の合併症の一つとして認識されています。糖尿病の人は歯周病になりやすく、重症化しやすいことが分かっています。また逆に、歯周病が悪化するとインスリンの効きが悪くなり、血糖コントロールが不良になりやすいという「負のスパイラル」があり、両者には強い結びつきがあります。


その他にも、歯周病の人は新型コロナに感染しやすく、重症化しやすいことも分かってきています。

また、肥満・メタボリックシンドローム、関節リウマチ、骨粗しょう症、慢性腎臓病など多くの体の病気と関係性があることが分かっています。

このように、歯周病は単に口の中の病気にとどまらず、命に関わる多様な病気に影響を及ぼしており、口の健康(健口)と全身の健康は深くつながっています。歯周病による口腔フローラの乱れは「不健口(ふけんこう)」=不健康であり、「不健口は万病のもと」なのです。


【予防】生活改善、口腔ケアを心掛けて

歯周病は細菌による感染症ですが、過度な飲酒、喫煙、運動不足、ストレスなどが関係する生活習慣病でもあるため、ご自身で予防できる病気です。

歯磨きのポイントは

@理想は1日3回。1回(特に寝る前)は時間をかけて
A歯と歯茎の間に歯ブラシをしっかり当て、歯間に毛先を入れて小刻みに動かす(図3)
B補助用具(フロス、歯間ブラシ)も使って丁寧に
―です。

規則正しい生活習慣、毎日の歯磨き、そして定期的な歯科医院の受診(3〜6カ月に1度)があなたの「健口」と体の健康を守ります。人生100年時代、長く元気に過ごしましょう。


この紙面を監修する「肥後医育振興会」とは
肥後医育振興会 松下 修三理事長

医学教育や研究を助成し、地域医療の向上と健康増進を図る公益法人です。