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「あれんじ」 2010年4月17日号

【四季の風】
【第一回 春の鳰(にお)】

めぐりくる季節の風に乗せて、四季の歌である俳句をお届けします。

秋風や 書かねば言葉 消えやすし

秋風や 書かねば言葉 消えやすし  野見山朱鳥(あすか)

という俳句もあるように、感動はその瞬間、ことばにして残さなくては消えてしまいます。日々の感動は、すぐに風のメモリーに入力しておかなくてはいけません。俳句は風の記憶装置です。
 あんまり天気がいいので江津湖へ行きました。いい香りにひかれてつい東浜屋へ立ち寄って鰻を食べ、県立図書館の横を芭蕉林へと散歩しました。水前寺から流れ出た水が橋をくぐって、波をきらめかせながら踊るように走ってくるのを見て、本当に春が来たことを実感しました。
 鴨の一家が忙しそうに藻を食べているそばに、一羽っきりの鳰、つまり「かいつぶり」が楽しそうに浮いているのが目にとまりました。鴨だってこれは「春の鴨」で、ずい分のんびりとしています。というのは鴨は秋に北国からやってきて春にはまた帰るはずが、うっかり帰りそびれて「春の鴨」と呼ばれたりするのも居るからです。鳰は年中この湖にいますが、これがまた小さくてかわいい。夏は家族で浮巣(うきす)を組んで、必死に子育てをします。それがいかにも健気です。冬の鳴声はことに寂しくて、「鳰の笛」と言ったりします。
 今、目の前にいる「春の鳰」は、のんびりと独身生活を楽しんでいるようです。ふっと沈んだかと思うと、美しい水底をのぞいてきたようなきょとんとあどけない顔をして、思わぬところに浮いて出ます。その瞬間、私の眼と合ってできた俳句です。


 春の鳰 あっけらかんと 浮いて来し
                  中正